チェレスタのマメ知識
チェレスタに近い楽器、鍵盤型グロッケンシュピール

現在、グロッケンシュピール(Glockenspiel)というと鉄琴を指します。調律した金属の音板が並べてあり、バチで叩く打楽器です。
実は、過去には鍵盤で弾くグロッケンシュピールが存在していました。現在のグロッケンシュピールは、その音板部分だけが残ったものです。しかも、鍵盤型グロッケンシュピールはチェレスタよりも前に登場していました。
元々「グロッケン」とは鐘のことでした。ヨーロッパに行くと教会に大きな鐘がありますが、17世紀ごろには、その鐘の小型版をいろいろな種類の音程に調整して3オクターブ分ほど用意し、高い位置に並べて紐を垂らして鍵盤で演奏していたのです。鍵盤と言っても今のようなものではなく、大きなボタン状のもので、それを手を握った状態で押していました。とはいえ、イメージとしては鍵盤で弾くグロッケンシュピールといえるものです。
そこから改良され、鍵盤が小さく移動もできる鍵盤型グロッケンシュピールがつくられたのです。

鍵盤型グロッケンシュピール

鍵盤型グロッケンシュピールの一例

モーツァルトの「魔笛」というオペラは、魔法の笛を持つ主人公が魔法の鐘を持つ従者とともにお姫様を助けに行き、困難を乗り越えて結ばれるというストーリーです。劇中、魔法の鐘の音として3ヵ所、鍵盤型のグロッケンシュピールが弾かれます。
当時の楽器とされるものがウィーンの博物館に保管されていますが、発音体は金属ではなくガラスで、サイズはおもちゃのピアノくらい。音域は3オクターブあります。しかし、初演時には金属の丸棒を長さ違いで何本も並べて演奏したという説もあり、本当にそれが当時の形だったのかははっきりしていません。
実は、これには事情があります。モーツァルトの「魔笛」は興行的に大成功したため、どこの歌劇場もこれを上演しようと、鍵盤タイプのグロッケンを欲しがりました。しかし、具体的にどのような楽器かわからなかったので、各地の楽器製作者がいろいろつくったようです。それらが現在に残っているので、もともとの楽器の実態がよくわからないのです。

チェレスタが生まれたのは1886年、モーツァルトが亡くなったのは1791年なので、モーツァルトはチェレスタのことを知りません。しかし、モーツァルトの「魔笛」を演奏する時にチェレスタが使われることもあります。
それは、鍵盤型のグロッケンシュピールが一時廃れて世の中になかったため。そのため、同じように鍵盤式で金属の音板を打つチェレスタが演奏に使われてきました。ただし、金属のハンマーではなくフェルトのハンマーなので、グロッケンより音はやわらかいのですが。
カラヤンやベームが指揮をしている「魔笛」の録音を聴くと、チェレスタの音がします。 近年のコンサートではモーツァルトが作曲した時の意図に合わせて、グロッケンシュピールで演奏されることも増えてきました。魔法を想わせるきらびやかな音が印象的に使われています。

現在の鍵盤グロッケンシュピールは、外観はチェレスタにそっくりですが、チェレスタよりは小型で、ミュステル社の楽器の音域は52C-92E(3オクターブ半)です。(※残念ながら現在は生産されていません)厚い音板に金属製の共鳴管が組み合わされ、鍵盤と連結された真ちゅうのハンマーで叩く構造です。
鍵盤グロッケンシュピールは、オーケストラでは一般的にフランス語でJeu de timbres a clavier(ジュ・ドゥ・タンブル)と呼ばれています。音色は華やかでキラキラしており、ラヴェルやドビュッシーの管弦楽曲に使われると効果を発揮しますが、音色の好みの問題か、この楽器がモーツァルトの「魔笛」で使われることはあまりありません。
Jeu de timbres a clavier(ジュ・ドゥ・タンブル)を指定している著名な楽曲には、以下のような曲があります。
*指揮者や演奏者の判断で、チェレスタや普通のグロッケンシュピールで演奏される場合があるようです。

  • M.ラヴェル:「ダフニスとクロエ」 「マ・メール・ロワ」等
  • C.ドビュッシー:「海」
  • O.メシアン:「トゥーランガリーラ交響曲」
  • G.マーラー:交響曲第7番
  • G.プッチーニ:歌劇「トゥーランドット」
  • 武満徹:「テクスチュアズ」