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毎日新聞│配信日:2019年7月22日│配信テーマ:クラシック  

<新・コンサートを読む>藤原歌劇団の《愛の妙薬》 聖なる愚者包み込む夕空=梅津時比古


 ドイツ・ケルン歌劇場の支配人が、かつてドニゼッティのオペラ《愛の妙薬》について面白い言い方をしていた。「ケルン歌劇場は単年度予算ではないので、現代オペラに取り組むことができる。現代オペラは観客が入りにくいから、そのシーズンは赤字になるが、次のシーズンで《愛の妙薬》を入れれば必ず収益を元に戻せる」。つまりは《愛の妙薬》ならいつでも観客を呼べるということである。

 私自身も、このオペラは40年近く前にケルン歌劇場で見て以来やみつきになり、ドニゼッティの生まれ故郷、イタリア・ベルガモのドニゼッティ劇場の舞台をはじめ多くの公演を見てきた。最近の日本では藤原歌劇団が新人の歌い手の舞台にしていることもうれしい。本来は歌い手にとって実に難しいのだが、筋立てが若い男女の物語なので、新人の初々しさがふさわしく感じられるのである。

 今回もNISSAYOPERAとのコラボレーションとして藤原歌劇団が東京・日生劇場で上演した(6月29日所見)。

 村の地主の娘、鼻っ柱が強くきれいなアディーナに、間抜けで村の衆からばかにされている農夫のネモリーノがいちずにほれ込むところから始まる。アディーナに相手にされないネモリーノは、インチキ薬屋のドゥルカマーラから「ほれ薬」を買って、明日にはアディーナが自分にほれてくれると信じ込む。アディーナは、村にやってきた女たらしのベルコーレ軍曹と仲良くしても、ネモリーノが焼きもちを焼かなくなったことに思いのほか傷つく。はねつけ、からかっていたのに、ネモリーノの気持ちが自分から離れようとしていると思うと、とまどい、ふと涙ぐむ。あてつけに、軍曹と今日結婚すると言い出すアディーナに対し、明日にはほれ薬がきくと信じているネモリーノがあわてて「今日はだめ、明日まで待って」と必死に訴える。典型的な喜劇の「行き違い」で、ありきたりなのだが、新人の歌い手たちが役に没入していたこともあり、見ていて涙腺が緩んだ。ネモリーノ役の中井亮一はやわらかい発声を生かし、アディーナの伊藤晴は演技にも歌にも心理描写をうまく乗せた。ドゥルカマーラの久保田真澄のリズム感も快い。山下一史指揮東京フィルハーモニーの弦の膨らみが寄り添う。演出は粟國淳。過去にもこの演出を2度見たが、村の娘たち、おばあさん、男たちの日常をていねいに描いて舞台に温かい空気が生まれる。ドニゼッティの音楽が純粋に浮かび上がる。

 筋立てとは直接に関わりはないが、村が暮れなずむと、背景の空が残光の赤を残して全体が薄い赤紫色に染まった。天上の神秘が村を包んでいるように感じられる。

 ヨーロッパには古くから、愚か者こそが真実を見通すとして、聖と愚を同一視する思想がある。間抜けとされるネモリーノも、反対に賢い役柄のアディーナも、愛の前には愚者そのもの。このオペラは愛の「行き違い」を軽妙に描いた傑作と思っていたが、背景に聖なる愚者の思想も引き寄せていると、夕空の美しい赤紫色が教えてくれた。(特別編集委員)

毎日新聞2019年7月13日東京朝刊(2版)掲載 執筆記者:梅津時比古

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