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毎日新聞│配信日:2019年6月24日│配信テーマ:

<Topics>ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 新しく引き継がれた東の伝統 来日、音楽形成史振り返る


 社会的、政治的な変動が文化に定着するには何十年かの時を必要とするのだろう。5月末から6月頭までドイツから来日したアンドリス・ネルソンス指揮のライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団と、共演のバイオリニスト、バイバ・スクリデに、東西の壁の崩壊を新しく引き継ぐ形が見えた。

 1743年創立の同楽団は、市民階級によって作られた世界で最古のオーケストラ。また、ライプツィヒと言えば、東ドイツの共産主義体制が破綻して西側社会に融合するきっかけとなった市民運動「月曜デモ」発祥の地で、それは1989年のベルリンの壁の崩壊、その後の旧ソ連の共産主義体制の終末をも招いた。市民運動の一角を担ったのがゲヴァントハウス管弦楽団であった。

 今回のプログラムは、ショスタコーヴィチ《バイオリン協奏曲》、ブラームス《交響曲第1番》、チャイコフスキー《交響曲第5番》、ブルックナー《交響曲第5番》などの組み合わせ。ネルソンスとスクリデの2人が、旧ソ連体制下にあったラトビアで生まれ育ち、ドイツに出てゲヴァントハウス管とかかわった来歴をなぞるかのような曲目だ。

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 5月28日に東京で開かれた記者会見で、スクリデは「私が若いときにはポップミュージックなどは聴かせてもらえなかった。いろいろな感情がこみ上げたときにはショスタコーヴィチを聴いていた。今も聴くたびに、心が動く。ソ連が崩壊した後、私たちは新しい音楽に触れることができた。その興奮を成長してから得られたこともまたラッキーだった」と自らの音楽形成史を振り返る。

 ネルソンスは「ショスタコーヴィチは我々のDNAの一部と感じる。同時にドイツものからも歴史的に強い影響を受けてきた。(ソ連方式の)ラトビアの音楽教育システムは非常に厳しく、社会にも厳しい規律があった。それが崩壊して変わってゆく衝撃も経験した。しかし感情、魂の言語としての音楽はそうした環境や国境、仕組み、愛憎を超えると思う」

 東西の壁が消滅してから、オーケストラにもグローバル化の波が押し寄せ、それが各オーケストラの個性を失わせているという批判の声も高まっている。東ドイツのオーケストラの武骨な低音を聴ける録音が次々に再プレスされるのもその表れだろう。アンドレアス・シュルツ楽団本部長は「東ドイツ時代の楽団員の多くが引退し、新しい楽団員が入ってグローバル化されたのは否めない」と言う。昨年、第21代カぺルマイスター(宮廷楽長)にネルソンスが就任したのは、ソ連とドイツの音楽的来歴を持つ彼に、まさに東ドイツの伝統を新しく反映させたと見ることもできる。ネルソンスも「東側の音楽教育は非常に強いものだった。ゲヴァントハウス管が持つ『音楽を深く理解する』伝統を未来につなげたい」と熱を込める。

 今年は「月曜デモ」30周年になる。【梅津時比古】

毎日新聞2019年6月17日東京夕刊(2版)掲載 執筆記者:梅津時比古