[ 画像 ] 今週の音楽記事から 音楽ジャーナリストの眼 毎週月曜更新

新聞記事

読売新聞│配信日:2019年6月3日│配信テーマ:Jポップ  

椎名林檎 5年ぶり新作「三毒史」 「生き死に」の根源に迫る


 丸くなることはない。看護師姿でガラスを割ったあの頃とは違う角度から、強烈な“毒”を放ってくる。椎名林檎が5年ぶりに出した新作「三毒史」(ユニバーサル)は、豪華ゲストと次々デュエットを披露する華々しさと共に、煩悩や生き死にといった、人間の根源に迫る作品だ。(鶴田裕介)
 ◆煩悩を描く
 「正直申しますと、曲を書き始めた15、6の頃から、書こうと思っていることはそんなに変わっていなくて」。取材の冒頭、新作で目指したものを尋ねると、椎名はこう語り、続けた。「煩悩をもって、限られた命をどう運転していくか。極端な話、生きるってそういうことじゃないですか」
 タイトルの「三毒」とは、仏教で「むさぼり」「いかり」「おろかさ」を指す言葉。1曲目の「鶏と蛇と豚」でまず耳に届くのは、般若心経の読経、荘厳な管弦楽の響き、そして感情を抑え、「甘い蜜を覚えた」という意味の内容を英語で歌う、椎名の声。
 冒頭から物々しい雰囲気のこの曲は、全体の舞台設定を表すためのもので、描くのは、生まれてきた時の情景。「美徳や道徳というものに出会う前、動物として自覚する間もないくらい抱えていなければならない煩悩がある。おいしいものをもっと食べたい、足りなくならないようにキープしておきたい。その状態を、まず描写しておきたかった」
 ラストの「あの世の門」はブルガリアの女声聖歌隊と共に、生後まもなく、生死の境をさまよった時の記憶を英語で歌う。「ゆりかごから墓場まで」が今作のモチーフだ。
 ◆作家に専念?
 主題を表す2曲に挟まれる形で、エレファントカシマシの宮本浩次と共に昨年のNHK紅白歌合戦で歌い話題となった「獣ゆく細道」、NUMBER GIRLの向井秀徳との「神様、仏様」といったデュエット曲が、収録曲のほぼ半数を占める。
 曲を作る時は、あらかじめ歌う人の声質や音域などを想定した、いわば当て書きをする。「作家と現場監督をやるだけって、職業を絞りたい」とあっさり口にするのは、本当は作家に専念したいという欲望の表れと言える。「表現するのにふさわしい方ってたくさんいらっしゃるので、それをイメージして書く方が、出来上がるものがいい。シフトしている途中です。正直なところ」。冗談めかしてはいるが、ファンにとっては聞き捨てならない言葉だろう。
 録音にはボーカリストとして活動していたバンド、東京事変のメンバー、斎藤ネコら、共演を重ねてきたおなじみの顔ぶれが多数参加。「どんなお題をいただいても書けなきゃウソだろというのがプロ。そうするとプレーヤーさんもエンジニアさんも、どんな曲を書いても対応してくれなきゃ困る。ご一緒いただける方は限られてくる」。今作は、音楽人生における出会いの集大成でもある。
 ◆分相応
 1998年デビュー。拡声機で叫ぶ印象的な立ち居振る舞い、ロックスター然としたカリスマ性で時代を象徴するシンガー・ソングライターとなり、「本能」「ギブス」などのヒットを連発した。
 2003年には一転、ポップさからは距離を置き、実験的で作品性の高い「加爾基 精液 栗ノ花」を出し、いったんソロ活動をやめる。その後、東京事変で活動し、ソロも再開するのだが、今作はどこか、初期の節目となった「加爾基——」に似ている、と感じている。
 「正直に言うと、20代の私のキャリアはすごく難しい立場にあった。(今作に収録した)『獣ゆく細道』みたいなものを書いてもよかったのだけれど、すごく生意気に映ったと思う」と振り返る。ただ、作るべきものを書いていたという点は、当時も今も同じ。「今はふさわしいものを作っていい年齢になった。分相応だと思う」
 最後にもう一度、歌手業やめませんよね、と聞いてみると、「歌はやっぱり若い方がいい。渋いブルースばっかりだったらいいけど、ポップスも書きたいから」と、うまくかわされた。そして、別の野望も明かした。「店をやりたい。キャバレーみたいな、生演奏と踊り子が楽しんでいただけるんですよ。つまみもおいしい。よくないですか?」

読売新聞2019年5月30日読売新聞記事(1版)掲載 執筆記者:鶴田裕介

Jポップ   のテーマを含む関連記事