[ 画像 ] 今週の音楽記事から 音楽ジャーナリストの眼 毎週月曜更新

新聞記事

読売新聞│配信日:2018年11月5日│配信テーマ:その他  

[生老病死の旅路]どんなことでもプラス思考 アグネス・チャンさん


 人生にはいろいろなことが起きます。それがいいことなのか、悪いことなのか、その時は分からない。悪いと思うことも、いいことにできないかって考えることが、大切だと思います。
 1972年に日本デビューして、幸いにもヒットが続きました。けれど、とにかく忙しかった。しばらくたって父から「こんなに忙しいんじゃ、自分を見失うんじゃないか、カナダに留学したら」と勧められました。兄がカナダにいましたから。「お金や名声は流れていくもの、頭に入った知識は、ずっと自分のもの」という父の言葉に愛情を感じ、76年に留学し、社会児童心理学を学んだんです。
 その後父が亡くなり、大学卒業のタイミングで芸能界へのカムバックのお話をいただきました。大学院に進もうと思っていたので、悩みました。以前の活動でやり遂げたという感じがあって、芸能界での新たな目標も見えなかった。けれど、母は歌っている私が一番好きだと言う。「じゃあ、親孝行で復帰するか」と。中途半端な気持ちだったから、ストレスを感じました。メッセージソングを歌いたいとか、ボランティア活動をやりたいと主張して、スタッフともぶつかった。
 そんな時に中国に行ったんです。中国はまだまだ開放的ではなかったのですが、台湾で録音した私の曲をみんなが歌ってくれた。音楽は政治の壁も、海も山も乗り越えていくんだと分かりました。「歌で人々の心を結ぼう」と、新しい目標ができました。
 80年代は、日本でも国際化が叫ばれている時代でした。海外事情を紹介するバラエティー番組に出演。「24時間テレビ」で、エチオピアに行き、子供たちの大変な状況を知った。これが、その後の国連児童基金(ユニセフ)の活動につながっていきます。
 それから結婚、出産。仕事に子供を連れて行ったことを批判され、「アグネス論争」が始まります。女性の生き方について、連日マスコミで取り上げられました。結婚したら仕事をやめて家庭に入り、良妻賢母になるのが一番美しい、それが女性のいい生き方と言われました。それも分かるような気がした。でも、ほかに自分がやるべきことがあるんじゃないかとも思った。世界をよくしたい、ボランティアもやりたいと、使命感に燃えていたころでした。だからここでも悩みました。
 論争は海外にも伝わり、アメリカのスタンフォード大学のフェミニストの学者に誘われて大学院に留学するんです。「この経験を有意義なものにするには、あなたには知識が足りない。私について勉強しなさい」と。米国で学び博士号も取りました。男らしさ、女らしさみたいなものから解放された。自分らしくあればいいと、すごく楽になった。
 「アグネス論争」の時は必死だったし、たたかれてつらかった。でも、今ではよかったと言えるんです。2007年には乳がんの手術を受けました。がんもしんどかった。でも、その後、啓発活動に参加している私を見て、検診に行って早期発見につながったという人もいるんです。だから、悪いことばかりじゃなかったんですよ。
 どんなことが起きても、いいことにする。それは、やはり自分の意志の力だと思うんです。やればできる。60歳を過ぎて、それが分かったような気がします。(聞き手・桜井学)
   
 ◆寛容で柔軟 一層の輝き 
 アグネスさんには「強い人」「正義の人」というイメージを抱いてきた。異国で活躍し、女性の社会進出や平和を訴える。強い信念がなければ、そんなことはなし得ない。だが、今回改めて話を聞き、普通の人と同じように、迷い、悩みながら歩んできたことがよく分かった。人の弱さも知っているからこそ、優しく、寛容だ。そんな柔軟さが、彼女を一層輝かせているのだろう。
  
 ◇1955年、香港生まれ。72年、日本で歌手デビュー。98年に日本ユニセフ協会大使、2016年にユニセフ・アジア親善大使に就任。今年、旭日小綬章を受章した。「スタンフォード大に三人の息子を合格させた50の教育法」など著書多数。教育学博士。12月に香港で公演する。

読売新聞2018年10月27日読売新聞記事(1版)掲載 執筆記者:桜井学

その他   のテーマを含む関連記事