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非登録ライター│配信日:2017年3月28日│配信テーマ:クラシック  

その演奏は、聴衆の想像力をかきたて、拍手も忘れるほどに心を奪った


(取材・文/原納暢子)


 クラシックは「題名のない音楽」が多いが、この日は「子供の領分」「展覧会の絵」などと「題名のある音楽」のコンサート。ピアニストのクシシュトフ・ヤブウォンスキが、1曲1曲の情景が目に浮かぶような演奏を終始展開し、品のいい安定感のある表現でホールを包み込んだ。

■パパが娘に童話を読み聞かせるように

 オープニングの「子供の領分」は、作者のドビュッシーが愛娘のエマに捧げた、6曲からなる組曲。娘が生まれた翌年から書き始め、3歳の誕生日前後に楽譜の初版や初演がされている。娘との幸せな生活を垣間見るような曲ばかりだ。

 ヤブウォンスキは、パパが愛娘に童話を読み聞かせるかのような音色を奏でる。

 1曲目の「グラドゥス・アド・パルナッスム博士」は、ピアノのお稽古に身が入らない娘の様子をパロディ風に表現した曲だが、「いつもこんな風に弾いてるね、どうしてかな、パパならこう弾くけど……」などと、傍らでじっと聴いている娘に話しかけながら弾いてみせるような弾き方なのだ。2曲目の「ゾウの子守歌」は、娘の好きなぬいぐるみの象がテーマ。象がのしのし歩く足音をペンタトニックの低音や巧妙なペダル使いで、響きを面白くにじませながら表現する。ピアノ発表会で単独で弾かれることも多い、6曲目の「ゴリウォークのケークウォーク」は、左手は太めの音で、右手はフレーズの流れが途切れない軽やかな音で、ジャズ風のステップをコミカルに踏んでみせる……といった具合。

 こんな知的で優しいパパが、ピアノをにこやかに弾いてくれたら、娘はどんなにうれしいことだろう。その折々の娘の姿や表情が印象派の絵のように、やわらかな光にきらきらと輝いて浮かんでくるのだ。

 ラヴェルの「水の戯れ」は、光と共に変化する水を色彩豊かに表現した作品だが、ヤブウォンスキは、定点カメラで岸辺の水面を撮るような表現だけではなく、流れにツウーッと射し込んだ光と共に、聴き手の心も水中に溶け入って、水面を見上げているような気分までも味わわせてくれる。きっと、ペダルが微妙な色彩的効果をあげて、神秘的ですらある水の世界を表現していたからだろう。

 続く、ラヴェルの「夜のガスパール」でも、1曲目の「オンディーヌ」は人間の男に恋した水の精の物語で、1拍の3/4単位で変拍子のように進む右手が、水の精の表情や物語の変化を克明かつ情感豊かに表現していた。悲恋とはいえ、前曲の「水の戯れ」と合わせて「水」にまつわる作品表現が続き、随分と心が洗われる心地がした。

「夜のガスパール」は、短命で生前浮かばれなかった詩人アロイジウス・ベルトランの同名詩集にラヴェルが霊感を得て生まれた作品だが、ベルトランと同時期生まれのアンデルセンの「人魚姫」をふと連想させられる。とにかく、ヤブウォンスキの演奏は、聴き手の想像力をかきたててくれる。

 また、メリハリの加減が絶妙で、2曲目の「絞首台」の重苦しいはずのタタンタタンタンのリズムや、右手の下行音と左手の上行音が織りなす厚みのある不協和音なども聴きやすく、後味が悪くない。やんちゃな悪魔を描いた「スカルボ」も、さんざん動きまわって、最後に事切れるように消えるまで、表現にムダがなく、難曲なのに聴いていて疲れない演奏だった。

■まるで映像が浮かぶ「音語り」

 休憩を挟んで2部の「展覧会の絵」は、ムソルグスキーが、友人の画家の遺作展で得たインスピレーションをもとに書き上げた曲。管弦楽バージョンで演奏されることが多いが、ピアノ版も聴きどころが満載で、ホロヴィッツ編にヤブウォンスキのアレンジを加味した人気ナンバーである。構成的に大きな変化はなく、ホロヴィッツより速めのテンポで、リズム感のある演奏が印象的。作品展をゆっくり観覧しているというよりも、遺作を見ながら湧いてくるいろいろなシーンや映像が走馬燈のようにかけめぐる感じで、とても聴きやすい。

 絵と絵の間をつなぐ「プロムナード」の変化も独特で、当時の圧政や身分社会などを暗喩した絵画が深刻になりすぎないように、また健康的な未来に導くかのような響きで、揺らぎなく進んでいく。骨太で重めの音にもかかわらず、両手で絵筆を同時に使って描ける画家のように、音色の変化を左右の手で自在に操り、内容は深いが耳なじみのいい音色で、30分に及ぶこの大曲をあっという間に弾き終えてしまう感じだった。

 総じて、観客の気分を高揚させて「ブラボー」を連発させるような演奏ではない。曲の世界にすうっと引き込まれた聴衆が素晴らしい演奏に浸りきり、曲が終わる頃にはすっかり心が奪われていて、慌てて拍手するような、そんな演奏なのだった。

 アンコールのピアソラ「オブリビオン~忘却~」は、ロマンチックな甘さを加えたアレンジ演奏で、十八番のショパン「エチュード《黒鍵》」の速弾きは粒揃いのブリリアントな色彩。バッハの「いざ来ませ、異邦人の救い主よ」は、聖歌の響く聖堂の屋根の先に青空が見えた心地がした。



「珠玉のリサイタル&室内楽
クシシュトフ・ヤブウォンスキ ピアノ・リサイタル」

日時:2017年2月26日(日)
会場:東京・ヤマハホール

2017年3月28日音楽ジャーナリスト&ライターの眼(1版)掲載

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