民族楽器を未来へつなぐ。
〈後編〉

Ram Prasad Kadel/ネパール民族楽器博物館設立者

楽器へのリスペクトが詰まった博物館。

師匠に導かれるように、民族楽器の収集を始めたRam Prasad Kadel氏。地道な活動により、2002年には博物館として一般公開がかない、現在では655種が収蔵されるに至ります。ネパールの古き良き伝統を、未来へつなごうとする氏の思いに迫ります。

楽器にまつわるストーリーを記録するという責務。

私には楽器を収集するにあたってのポリシーがあります。今そこで使われている楽器は対象外とすることです。使われているということは、その村に必要なものだからです。譲り受ける楽器は大きく分けて2種類。ひとつは古くてボロボロであっても、修理すれば使えるもの。もうひとつは完全に一から新しく作ってくれたもの。多くの楽器は代々受け継がれてきたものですから、持ち主への敬意が欠かせません。相手に失礼のないよう、その村の歴史や文化を丹念に調べた上でコンタクトをとります。

多くの持ち主はご高齢で、彼らしか知らないことがたくさんあるものです。彼らから楽器にまつわるストーリーを伺って、なんらかの記録を残すことは、私の責務だと思っています。しかし、それをいかに引き出すのかは難題です。足しげく通い、ていねいにヒアリングを続けるうちに、向こうから「思い出したのだけど」と連絡をいただくこともありました。民族楽器にまつわる話は口承が多く、文字化されていません。基本は対面での聞き取りです。つまるところ人間関係が非常に大切となってきます。

写真
古びたTamauraKathajhaal(写真左)と、新たに作られたIndra Dhol(右)。コレクションの対象となるのは「今使われている楽器」以外のもので、多くは補修すれば使えるものか、新品のものとなる。

ネパールの民族音楽全体を継承するために。

コレクションが進むにつれて、私の知識も着実に増え、視野が広がりました。たいていの楽器が、樹皮や動物の骨といった身近なところで調達できる材料だけで作られていることには感銘を受けたものです。また、ネパール各地の音楽は、地形の影響を受けていることにも驚きました。平地では、人々が動きやすく活動的だからか、ピッチが高くテンポが速い音楽が多い。丘陵地帯や山頂の村では逆です。寒さのせいもあるのでしょう、人に寄り添ってくれるような温かくスローな音楽が多い傾向が見受けられます。

音源が残されていない楽器の音は、レコーディングする場合もあります。そうすれば後々、音源を聞いた上で、実際に楽器を弾くことが容易になるからです。これも文化を継承のためには欠かせない作業です。ネパールでは1950年に新しい教育制度が始まりました。そこには良い面もありましたが、古き良き音楽文化が切り捨てられてしまう側面があったのも事実です。それを復興させたい。ただ楽器を集めておしまいではありません。ネパールの民族音楽全体を記録し、継承しようと努めているのです。

写真
ネパールの民族楽器、375点の情報を一冊にまとめた書籍。これも文化の継承には欠かせない仕事のうち。

音楽で、みんなを、世界を、ひとつにしたい。

2002年に博物館として一般公開を開始し、2007年に現在の場所に移転しました。1,300種を超えるとされるネパールの楽器のうち655種、1000点超が集まりましたが、まだまだ道半ばです。演奏法の分類なども進めて、博物館のクオリティをもっと向上させたい。当面の目標は、国内の楽器を網羅することです。それに目途がつけば、インド、スリランカなど南アジアまで範囲を広げたい。南アジア各国は文化や宗教に関して共通する部分が多い一方、歴史は異なっています。それらを比較すると、興味深い展示になるでしょうからね。

ちなみに、私は音楽とは人間そのものだと考えています。たとえば、手拍子も心臓の鼓動もリズムを打っていますよね。歌えばメロディになる。私たち自身が楽器のように音楽を奏でています。人間同士のコミュニケーションは、いわばアンサンブルのようなもの。人類はひとつの壮大なシンフォニーです。博物館主催で、2011年から毎年1回、ミュージシャンやダンサーを招いたフェスティバルを開催しているのも「音楽はみんなをひとつにするものだ」という思いからです。私の取り組みによって、ネパールを、南アジアを、そして世界がひとつなれば、とても幸せです。

写真
博物館の一角に集まった次世代からの質問に応える。ネパールの音楽文化を継承する活動は、さまざまな形で行われている。

前編を見る

Ram Prasad Kadelネパール民族楽器博物館設立者
ネパール出身。1992年、大学卒業後、宗教画「タンカ」の制作・販売の事業を立ち上げる。その後、民族楽器博物館の設立を構想し、1995年に楽器の収集を開始。2002年に一般公開が実現し、現在は655種、1000点以上の楽器を収蔵している。博物館の運営と併せてフェスティバルも主催。自身はシャンカ(法螺貝)を吹く。

取材日:

おすすめのストーリー