民族楽器を未来へつなぐ。
〈前編〉

Ram Prasad Kadel/ネパール民族楽器博物館設立者

師匠に導かれた楽器収集の旅。

ネパールでは日常生活の中に、祖先から伝わる音楽が根付いています。幼い頃からそれら音楽に親しみ、宗教画を販売する事業のかたわらで、民族楽器の収集に乗り出したのがRam Prasad Kadel氏です。そこには「師匠」との運命的な出会いがありました。

原体験はおばあちゃんの歌。

ネパールの子どもが最初に触れる音楽は、おじいちゃん、おばあちゃんの歌です。私の場合、3、4歳の頃、おばあちゃんが膝の上に私を載せ、よく歌を歌ってくれました。それが音楽の原体験です。楽器で親しまれているのは、シャンカと呼ばれる法螺貝です。ネパールには一家にひとつはシャンカがあり、日の出と日の入り、毎日2回お祈りするときに吹かれます。私も8歳の頃にはシャンカを吹いていました。娯楽や教育のためというよりは、日常生活に音楽が根付いている感じです。私にとって音楽は、幼い頃からたいへん身近な存在でした。

現在の生業である、ヒンドゥー教徒らにはおなじみのタンカ(布に描かれた宗教画)を販売し始めたのは1992年。これは大学卒業直後に、宗教画を描ける友人たちとともに起こした事業です。タンカのことはよく知っているつもりでしたが、仕事となるとさらなる知識が求められます。本からも勉強はしましたが、それだけでは限界があるものです。次第に、その宗教的な意義を直接教えてくれる人が必要だと考えるようになりました。

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大学卒業の直後からタンカの販売をスタート。お店の壁には、たくさんのタンカが飾られている。

国のためになることを。それが民族楽器の博物館のアイデアに。

ある日のこと、私にタンカの意義を教えてくれる「師匠」となる方に会いに行きます。巷でグル(導師)として知られていた人です。「あなたがグルですよね?」と尋ねると、「グルではない。ただ、教えてほしいという人が来たら拒まないだけだ」と言います。その日から3カ月間、朝4時に師匠のもとへ通う生活を続けたところ「弟子と認める」と言ってもらえました。師匠からは、いかに心の平安を得るかを学びます。そのためにはシンプルライフ、地道に過ごすことが大事です。「自分はすごい」などと、おごってはいけません。謙虚な気持ちで穏やかな生活を送る。すると自ずと進むべき道が見えてきます。

師匠からは「何か尊いことをしなさい」といわれました。具体的にこうしなさいと命ぜられたわけではありません。私はまず、国のためになることをしようと考えました。では、国のために何をするべきか。熟慮を重ねていたところ、民族楽器の博物館のアイデアが舞い降りてきたのです。ネパールには地域ごとに100ほどの民族がいます。それぞれで音楽のスタイルが異なり、楽器もさまざま。それらは祖先が残してくれた貴重な財産です。楽器を収集・保存し、ネパールの多様な音楽文化を受け継いでいく。それは国の伝統を守ることにつながります。

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ネパール民俗楽器博物館。ネパールの首都、カトマンズにあるTripureshwor Mahadev寺院の敷地内にある。

楽器収集は、持ち主との関係づくりに始まる。

この構想を師匠に伝えると、「決して簡単なことではない」「道は険しいけれど、それでもいいのか?」と念を押されましたが、迷いはありませんでした。こうして1995年、タンカ販売の収入を元手にして、民族楽器の収集に乗り出します。はじめのステップは所有者のもとに出向き、楽器にまつわる話を聞き出すこと。その楽器にどんな歴史があるのか。作られた時期は。製作方法は。どんな人が弾いてきたか。ほかにも幅広く情報を集めます。

そもそも「どこに、どんな楽器が」あるのかという情報が向こうからやってくることは滅多にありません。可能な限り自分で調べ、自ら探し回ります。それに、どこにあるかわかったところで、よそ者の私がいきなり訪問しても、誰も相手にはしてくれません。バスでその地域に向かっても、中心地からは目的地までは自分の足で歩きます。ジープなんかで押し入ったら訝しがられますからね(笑)。誰から譲ってもらう場合もまずは関係づくりから。相手は先生。自分はあくまで生徒。そういう気持ちで教えを乞います。そうすると少しずつ「仲間」と認めてくれるようになる。楽器を受け継ぐのはその先の話です。

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シャンカ(法螺貝)は8歳の頃に手にして以来、生活のなかに存在し続ける楽器のひとつ。数多くの楽器を収集した今となっても、楽器に触れるよろこびを忘れることはない。

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Ram Prasad Kadelネパール民族楽器博物館設立者
ネパール出身。1992年、大学卒業後、宗教画「タンカ」の制作・販売の事業を立ち上げる。その後、民族楽器博物館の設立を構想し、1995年に楽器の収集を開始。2002年に一般公開が実現し、現在は655種、1000点以上の楽器を収蔵している。博物館の運営と併せてフェスティバルも主催。自身はシャンカ(法螺貝)を吹く。

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