音楽は生きていくための希望。
〈前編〉

Ephraim Bugumba/シンガーソングライター

どんなときも、私の中心にあったのは音楽だった。

コンゴ出身のEphraim Bugumba氏は、国内紛争により3歳にして国を追われます。以後、難民としてアフリカを転々とし、16歳のときにアメリカへ。13年にも及ぶ避難生活で支えになったものこそが音楽でした。プロのシンガーソングライターとしての一歩を踏み出した彼の半生に迫ります。

家族で歌う賛美歌が、生き延びる糧になった。

私の故郷は、コンゴの北東部にあるマコボラという村です。両親が教会でゴスペルを教えていたこともあり、家でも毎日みんなで賛美歌を歌っていました。穏やかな日常が一変したのは、3歳のときです。政府の反体制派が蜂起し、私の生まれ育った村で大虐殺が起こります。大勢の命が奪われ、村は崩壊。それまで当たり前だった生活が、すべて奪われました。私たちは王家の血統を受け継ぐ家系だったこともあり、反体制派から命を狙われる可能性が特に高かったものの、命からがら村を脱出しました。

国境を超え、逃げ込んだのは深い森の中です。文字通り、野生動物のそばで息を潜めながら過ごす日々でした。なんとか生き延びたい。子ども心にも、そんな切実な思いでいっぱいでした。明日の朝を無事に迎えられるのか。次の食事にありつけるのか。何もわからないサバイバル生活の中で支えになってくれたのは、家族と音楽です。毎晩必ずみんなで賛美歌を歌い、聖書を読み、声をかけ合ってから眠りにつきました。こうした習慣が、私にとっては束の間の安らぎとなりました。単なる娯楽のひとつだった音楽は、いつしかかけがえのない心の糧になっていったのです。

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アフリカ大陸を転々とし、渡米する直前まで10年に渡って住み続けた南アフリカのワンシーン。写真は8歳の頃、母や姉妹とともに。

たとえ文化が違っても、根底にある思いは同じ。

コンゴを脱してからは、タンザニア、マラウイ、モザンビークの難民キャンプを渡り歩きました。その過程で出会ったのが、各国の文化的背景を反映した音楽です。音楽には、そこで暮らす人々の歴史や体験が、色濃く映し出されます。なかでも印象的だったのはマラウイの音楽です。ジャンル的にはレゲエで、自由や解放に関するメッセージを力強く訴えていました。一方で、国や地域によって変わらない側面もあります。「愛、失恋、幸福」といった普遍的なテーマです。言語や音楽ジャンルが違っても、人々の根底にある思いは同じ。この気づきが私の音楽観のベースになっています。

10年間を過ごした南アフリカでは、7年ぶりに教会へ通えるようになり、聖歌隊にも入りました。歌がとても上手な仲間たちから認められたくて、必死に練習したものです。初めてギターに触れたのもこの頃です。教会にあったギターは、弦が2本だけでチューニングもめちゃくちゃ。おまけに誰も弾き方を教えてはくれませんでしたが、ギターの楽しさにすっかり夢中になりました。教会は歌の歓びだけでなく、楽器を弾く歓びも教えてくれたのです。

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南アフリカでの最終日に、兄弟とともに教会で合唱するエフライム(写真中央)。南アフリカでは定期的に教会に通うようになり、ギターとの出会いに恵まれた。

安定に逃げず、ミュージシャンの道へ。

2012年、16歳になる頃に難民申請が通り、晴れてアメリカへの移住を果たしました。初めて自分のベッドを与えられたときの喜びは、今も忘れられません。

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国連と米国大使館へ、難民申請する際に提出したBugumba家の集合写真。10年を過ごしたとはいえ南アフリカでも、周囲には身元を明かせずにいた。「こうして生き延びられたのはほとんど奇跡」とEphraim

2015年にはルイス大学への進学も叶います。専攻はミュージックマーチャンダイジング。必修科目などを通じて音楽自体についても学んではいましたが、「音楽は趣味に留めておこう。裕福でないとアフリカ人はプロのミュージシャンにはなれないから」と思い込んでいたのです。そんな固定観念を覆してくれたのは、所属していたサッカーチームのコーチでした。

大学を卒業して安定した仕事に就いたとしても、ミュージシャンへの憧れがある限り、君は絶対に満足できない──。そう忠告され、私の考えはがらりと変わります。大学を中退し、音楽活動に専念したのはそのためです。ライブハウスでの活動もスタートしました。曲づくりにも本腰を入れ、さまざまなオーディションにも挑戦しました。初めて結果が出たのは人気オーディション番組「American Idol」に出演し、トップ50人に選ばれたときです。自分が選んだ道は間違っていなかった。そう確信しました。

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Ephraim Bugumbaシンガーソングライター
1996年、コンゴ生まれ。3歳のときに故郷のマコボラで大虐殺が起き、難民としてアフリカ各国を転々とする。2012年にアメリカへ移住。2018年に「American Idol」のトップ50に選出されたのを皮切りに、「The 2019 Tiny Desk Contest」ではオリジナル曲「Voices in My Head」で注目を集め、「2019 International Folk Music Awards」では「Spirit of Folk Awards」を受賞。2019年「Class Clown」でデビューし、2020年6月には「Stormz」をリリースする。

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