音楽には、世の中を動かす力がある。
〈後編〉

森 正志/フェス、ライブプランニング・プロデュース

どんな状況にあろうと、音楽を二の次にはしたくない。

この20年で、一気に日本中に広がった音楽フェスのムーブメント。その第一線を走り続けてきたのが森正志氏です。フェスの企画・制作を仕事の中心にして早16年。そんな氏には音楽が持つパワーに魅せられ、この道を志すきっかけになった原体験がありました。

19歳で経験した「FUJI ROCK FESTIVAL」が僕の原点。

僕が野外フェスの洗礼を受けたのは、1998年に開催された第2回「FUJI ROCK FESTIVAL」(以下、フジロック)です。前年の1997年にはじまった「フジロック」といえば、小学生の頃から洋楽を聴いて育ってきた僕にとっては憧れでした。雑誌やテレビでしか目にしたことのないロックスターたちが次々と登場するステージの迫力は、文字通り衝撃的でした。最も驚いたのが客層の幅広さです。制服姿の学生。革ジャンをまとったロッカー。長髪のヒッピー。いろんな人種が音楽を中心として入り乱れます。普段混ざり合うことのない人々をひとつにする音楽の底力に圧倒されました。

これをきっかけに、大学時代はフェスのアルバイトに明け暮れます。「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」には第1回から携わり、トランシーバーを手に観客を誘導したほか、ステージ最前列で観客のダイブを受け止めるなど、さまざまな役目を担いました。大学卒業後は、組織人事コンサルティング会社のイベント制作部門を経て、株式会社ロッキング・オンで2年間に渡って「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」に携わります。その後はOORONG-SHAで7年間に渡って「ap bank fes」を。今日までフェスづくりを中心に手がけてきました。

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「ap bank fes 2016」で、株式会社ロッキング・オン時代の先輩、後輩に遭遇。こうした嬉しい再会も、フェスの醍醐味だ。

見知らぬ音楽の世界へ。これもフェスの役割です。

OORONG-SHA時代に多大な影響を受けたのが、小林武史さんです。小林さんは、とにかく誰に対してもフェア。どんなに偉い人であろうが、若手の僕であろうが、別け隔てなく接します。打ち合わせの様子は、さながらセッションのよう。何でもオープンに発言でき、いい意見はどんどん採り入れられます。僕が、小林さんの提案に反論することも珍しくはありませんでした。こうした環境で揉まれてきたせいか、物事の本質を追求する大切さや、起きたことにきちんと反応する態度、どんな相手にもひるまず意見する姿勢を身につけられました。コンサルティング会社での経験も今に生きています。ここで学んだのは、ロジカルに考える姿勢や物事を整理して伝える術です。学生アルバイトでの経験を含むこれまでのすべてが、現在のフェスづくりを支えています。

多くの仕事に携わってきて、フェスの役割のひとつだと感じることは、新たな音楽へと誘うことです。会場に足を運んだら、お気に入りのバンドを楽しむだけでなく、未知の音楽との出会いも大切にしてほしいですね。単独公演とは違って、大勢のアーティストが出演する場では、思いも寄らない発見があるものです。見知らぬアーティストのメッセージに感化されることもあるでしょう。フェスのコンセプトを通じて新たな価値観に触れることもあるはず。新たな出会いに満ちていることも音楽フェスの魅力です。

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小林武史さんとは「ap bank fes」をともに作り上げてきた7年間で、思ったことを率直に意見できる間柄に。

音楽には、進むべき道を示す役割がある。

2020年は、新型コロナウイルスの影響で、音楽フェスが次々と中止になりました。その代わりに増えたのがオンライン配信です。アーティストたちにとっては、普段ライブには足を運ばない人や、子育てなどでライブから遠のいている人など、新たなファンを獲得するいい機会になりました。リモート飲み会と同じように、異なる場所で同じライブを楽しみ、リモートでコメントを交わし合う観賞スタイルも定着しつつあります。新たな文化は確実に生まれています。それでも、フェスやライブを体感してきたファンたちは必ずリアルの場に帰ってくる。どれだけ配信が浸透しても、音楽フェスはなくなりません。

僕は、どんな状況下にあっても音楽が二の次の世の中にしたくはありません。すべてにおいて経済優先であっては、人類は行き詰まってしまいますが、音楽やアートには、これからの社会の進むべき道にみんなの目を向ける役割があります。今なら「フェスやコンサートができない世の中にしてはいけない」と発信していくことがその役割ではないでしょうか。音楽には世の中を動かす力があります。僕はアーティストではありませんが、彼らが単独では届けられない声を、ともに届けていきたい。これからもアーティストとともに社会的な影響力のあるフェスを生み出していきたい。心からそう願っています。

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音楽に世の中を動かす力がある限り、必ずオーディエンスはこの熱狂の場に帰ってくる。

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森 正志/フェス、ライブプランニング・プロデュース
株式会社ザ・フォレスト代表取締役。株式会社ロッキング・オンのフェス事業部で「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」や「COUNTDOWN JAPAN」の企画制作に従事。その後、小林武史が代表をつとめ、Mr.Childrenなどが所属したOORONG-SHAで「ap bank fes」の制作統括を担う。独立後は「氣志團万博」や「日比谷音楽祭」といった大型フェスの企画制作や、Superflyのワンマンライブなどのステージ演出を手掛ける。

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