環境問題への警鐘を、音楽の力で。
〈前編〉

Stephan Crawford/アートプロジェクト・マネージャー

好奇心に導かれ、アートとサイエンスの世界へ。

気候変動を音楽で表現し、広く警鐘を鳴らしたい。そんな思いから科学と音楽を融合する「The ClimateMusic Project」を立ち上げたStephan Crawford氏。アートやビジネス、学問とさまざまな分野を巡った末に本プロジェクトに辿り着いた氏の足跡に迫ります。

クラシックと学問で培った、底なしの好奇心。

音楽にまつわる一番古い記憶は、休日の朝に父が弾いてくれたショパンです。父は医師でありながらピアノやクラリネット、オーボエなどさまざまな楽器をプロ並みに操る音楽愛好家でした。祖父に至ってはヨーロッパのオペラハウスを活動拠点に世界を旅したテノール歌手です。一家揃ってクラシックに熱心な家庭でした。私も8歳から始めたピアノに、真剣に取り組んだ時期はありましたが、プロを目指していたわけではありません。両親からは「音楽だけでなく、さまざまなことに目を向けてほしい」と常々言われてきましたし、私自身もアートや科学、ビジネスなど、いろんなことに興味を抱いてきました。

学生時代、音楽以外で情熱を注いだのは学問です。親族にドイツ出身者が多かった関係で、ヨーロッパの文化や歴史に関心がありました。大学で学んだのは歴史や哲学、語学、大学院では政治や法律、経済を修めました。卒業後は、両親の健康上の問題や不況の影響もあり、安定した仕事を求めて米国商務省に。学生時代に勉強していた国際貿易に関する仕事に運良く就けたこともあり、2017年に退社するまで20年間を勤め上げることになります。

家族とともに何度も訪れたサンタカタリナ島で、魚を追う6歳当時のStephan。こうした経験からも、彼の自然を愛する気持ちは育まれた。

アートも音楽も、私にとっては趣味を超えた人生の一部。

社会に出てからは多忙な日々を送ってきましたが、音楽や芸術への興味が衰えたことはありません。30歳のときにはクラシックギターを習い始め、その数年後にはスペインでフラメンコギターと出会い、すぐさまのめり込みました。エキゾチックな音色も魅力ですが、シンガーやダンサーたちと一緒になって、音楽を形にするフラメンコならではのスタイルにすっかり魅了されたのです。それまで親しんできたクラシックのピアノやギターの世界では、ひとりで練習してひとりで発表するのが当たり前でした。しかし、フラメンコギターは、みんなで音楽の楽しみを分かち合う歓びを教えてくれたのです。今でも暇さえあればギターに触れています。私にとって音楽はもはや趣味ではありません。それ以上のものです。大事な人生の一部です。

2015年に開催されたフラメンコスクールの発表会より。写真左から二人目がStephan。歌手、ダンサー、ギタリストのメンバーとともに観客を熱狂させた。

また同じ時期に、かねてから関心を持っていた彫刻を本格的に学び始めます。当時は週に50時間ほど仕事をし、30〜40時間ほど制作に打ち込む日々を送っていました。働いていない時間のすべてを制作に捧げていたと言ってもいいと思います。そんな生活が10年ほど続き、少しずつアート制作が仕事になり始めたタイミングで、サンフランシスコのダウンタウンにスタジオを構えました。今でもメインの音楽プロジェクトのかたわらアート制作に取り組んでいます。2018年の5月には初めての展覧会も開きました。アートも音楽と同様、私にとっては仕事や趣味といった区分けを越えた特別な存在です。いわばアイデアの源です。刺激的な発想が絶えず湧き出る状態をキープするには、アートが必要不可欠になります。

地球のことをもっと知りたいという欲求から、再び大学院へ。

スタジオを構えてから2年後となる47才のときには、環境科学を学ぶために再び大学院に舞い戻ります。唐突な行動に映るかもしれませんが、私にとっては自然な選択でした。それまで自分が勉強してきたのは人間と社会に関わる分野ばかりで、自分の住んでいる地球の自然環境について専門的な知識を持っていないことが気がかりだったのです。当時仕事で太陽エネルギーや水問題を扱う企業と関わりがあったので、大学院での学びが仕事にも役立つかもしれないという狙いもありました。

この大学院での学びが、気候変動を音楽に結びつけるプロジェクトに繋がっていきます。当時のアメリカでは、科学とアートを融合する表現がはやり始めていました。The ClimateMusic Projectを展開する土壌ができつつあったわけです。この時期は、アーティストとしてのキャリア、環境科学の知識、音楽好きのルーツ、商務省でのビジネス経験など、本プロジェクトに繋がる要素が出揃ったタイミングになりました。

サンフランシスコ大学での修士課程をともにした仲間や教授と。Stephanの研究テーマであった「気候変動と農業生産の向上」についてプレゼンテーションを行った。

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Stephan Crawfordアートプロジェクト・マネージャー
サンフランシスコ在住のアーティスト。幼少期から音楽に触れて育ち、自らもギターを演奏する。商務省で働きながらファインアートに取り組む。47歳で環境科学を学ぶために大学院へ。温暖化を始めとする環境問題を広く訴えるべく、科学と音楽を融合した「The ClimateMusic Project」を創設。

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