環境問題への警鐘を、音楽の力で。
〈後編〉

Stephan Crawford/アートプロジェクト・マネージャー

プロジェクトの輪を世界中に広げるために。

気候変動は国境を越えて取り組むべきシリアスな課題。だからこそ、ユニバーサルランゲージである音楽の力が生かされると主張するStephan Crawford氏。科学が持つ説得力と、音楽の持つ喚起力。二つのかけ合わせから生まれてきた独自の“共通言語”に迫ります。

偶然の思いつきから、ClimateMusicをプロトタイピングすることに。

The ClimateMusic Projectを始める際に抱いていた思いはシンプルなものです。温暖化がこれだけ切迫した問題であるにも関わらず、積極的に行動を起こしている人があまりにも少ないということ。その状況にずっと苛立ちを覚えていました。とはいえ、実際にこの思いが制作に繋がったのは偶然のきっかけからです。ある日、私が「炭素の模型」を作るという一風変わったアートの構想を練っていたときのこと。作業台の上で金属の棒を叩きながら、どうやって形にするか考えていたのですが、叩いた音によって刻まれたリズムこそが、プロジェクトの火種となりました。あたかも炭素の形が音楽によって表現されているようでした。このとき私は、気候変動を音楽によって表現するアイデアを思いついたのです。

それからすぐに知り合いを通じて科学者や作曲家、演奏家を集め、2014年に実証実験のようなイベントを行いました。初対面の彼らを朝からひとつの部屋に閉じ込め、気候変動を表現した楽曲の制作を依頼したのです。制限時間は8時間。20分の楽曲が完成した直後に、集まった観客の前でそれを披露してもらいました。プロデューサー役を担った私にとっても、どんな作品になるかは予測できない賭けのようなイベントでしたが幸いにも大好評。涙を流す方もいたほどでした。

2014年、サンフランシスコの作曲家Erik Ian Walker、バイオリニストのMichele Walther、シンセサイザー奏者のThomas Dimuzio、キーボーディストのScott Brazieal、科学者のDr. William CollinsDr. Andrew Jonesが、Stephanのコンセプトを実証実験。これが後のThe ClimateMusic Projectへとつながった。

サイエンス生まれの音楽で、人の心を揺さぶるために。

翌年、この成功を弾みに非営利団体を立ち上げ、楽曲の制作や上演に取り組みだします。その一例が「Climate」というミュージックビデオ。その名の通り、地球温暖化による二酸化炭素濃度や気温の推移を、音楽と映像によって表現した作品です。1900年代初頭から2250年までの数値の推移が、映像上にグラフで示されます。温暖化が進むにつれて映像は不穏なものになり、楽曲も次第に緊迫。データと映像・楽曲の変化が連動することで、未来の惨状を具体的に想起させ、オーディエンスの感情を強く煽ります。

この動画は、作曲家Erik Ian Walkerらとともに始めたThe ClimateMusic Projectにとって初めての楽曲「Climate」からの抜粋。1800年~2250年の450年間にわたる地球の気温、二酸化炭素濃度、エネルギー収支のバランスの変動を表現した。

未来像をシリアスに受け止めてもらう上でデータは不可欠ですが、本プロジェクトの主役はあくまでも音楽です。最終的に人の心を揺さぶる作品でなければ意味がありません。そのため、単純に数値と音を対応させるのではなく、作曲家と科学者が緊密にやり取りし合うことでベストな表現を探ります。このプロセスを経ることで、初めて人の心に響く音楽が生み出せるのです。

音楽は、世界中の人々を繋げるという使命を背負っている。

プロジェクトの目的は、あくまでも音楽を通じて気候変動を身近に感じてもらうことです。そのため、なるべくコンサートの後にはお客さんと意見を交わし合う機会を設けています。ある公演の締めくくりには、ひとりの女性が印象的な声を寄せてくれました。彼女は公演を通じて自分の孫が生まれるであろう時代を具体的に想像しショックを受けたといいます。そして「自分もすぐに行動を起こしたい」と力強く宣言してくれました。私は非常に嬉しく思ったのと同時に、自分たちの思いが間違っていなかったという確信を得ました。

今後のThe ClimateMusic Projectについては、さまざまな構想があります。まず、学校や博物館をはじめとした公共の場での積極的な演奏をしていくつもりです。楽曲そのものを、私たち自身が直接制作するだけでなく、他のアーティストにThe ClimateMusic Projectの手法を使って制作してもらう計画もあります。世界中のアーティストに参加してもらえれば、ジャンルの枠も国境の壁も越えてプロジェクトの輪は広がっていくでしょうからね。気候変動のように、世界中の人々が一緒になって取り組まなければならない課題が現代には溢れていますが、音楽はそんな時代に生きる私たちに与えられた希望です。音楽の魅力はさまざまですが、ひとつに絞るなら「人と人とを繋げる」こと。私も、音楽によって素敵な出会いに恵まれてきましたが、やっぱり音楽の力は偉大です。

2018年、The ClimateMusic Projectはサンフランシスコ音楽院とコラボレーションし、学生に気候変動問題を音楽で表現するコースを開設。気候変動について関心がなかった学生たちの多くは、このコースを経て、この問題を自分ごとと捉えるようになった。

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Stephan Crawfordアートプロジェクト・マネージャー
サンフランシスコ在住のアーティスト。幼少期から音楽に触れて育ち、自らもギターを演奏する。商務省で働きながらファインアートに取り組む。47歳で環境科学を学ぶために大学院へ。温暖化を始めとする環境問題を広く訴えるべく、科学と音楽を融合した「The ClimateMusic Project」を創設。

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