「音楽とは何か」に音楽療法史から迫る。
〈前編〉

光平 有希みつひら ゆうき/音楽療法史 研究者

いまだマイナーな日本の音楽療法史

日本の音楽療法は、いつ、どこから始まったのか。この問いに挑む研究者がいます。「音楽療法史」という学問を追い求める光平有希さんです。彼女はどのようにして音楽療法と出会い、その歴史に目を向けることになったのか。これまでの足どりに迫ります。

ホスピスにいた知人が、きっかけを与えてくれた。

音楽療法史という学問をご存知ですか? 恐らく多くの人たちには、あまりなじみがないと思います。これは、音・音楽を用いて心身の治療、健康維持や促進をする音楽療法の歴史を紐解く学問で、私がこの道にたどり着くまでには、私と音楽との間に長く深い関わりがありました。

両親によると、子どもの頃から音に敏感だった私は、テレビから流れる音楽をまねしたり、台所から聞こえる生活音を口ずさんでいたのだとか。3歳になると地元の音楽教室に通い始めます。通っている子どもたちはみんな2〜3歳年上。彼らより言葉がつたない私は、どうにか仲間に加わりたくて必死に音楽記号を覚え、弾ける曲を増やしたものです。そんな風でしたから、演奏自体の楽しさに目覚めたのは小学生になってからでした。音楽好きの延長で音大のピアノ科へ進んだある日、一本の電話が飛び込んできます。相手はホスピスに入院している音楽を愛する知人です。そのとき彼女が言った言葉は、今も忘れられません。「初めて音楽と出会ったんだよ」と。

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幼少期にお気に入りだったピアノと木琴のおもちゃ。片時も離れず、夢中で遊ぶ私を見て、両親は音楽教室への入会をすすめてくれた。

音楽の力を知るために、演奏から研究の道へ。

電話の内容が気になった私は、すぐさま知人がいるホスピスへと赴きます。そこで初めて音楽療法と出会いました。患者さんのリクエストに沿って音楽を奏でたり、楽器で今の気分を表現してもらったり、音楽を使って痛みを和らげたりと、ホスピスでの音楽療法のセッションはさまざまですが、そこで目の当たりにした音楽は私が関わってきた音楽とは異なっていました。患者さんの心や体を癒す手段であり、患者さんの思いを届ける手段として音楽が存在していたのです。

彼女は彼女で驚いたことに「ここに入ったことで、今まで知らなかった音楽と出会うことができた。音楽には未知なる力がある」と語るのです。実際のところ、人に最後まで残る感覚は聴覚で、身体が動かなくなっても、人の声や音は届くと言われています。いずれにしましても、音楽を愛する彼女との再会を通じて音楽の力を目の当たりにした経験が、私の人生を大きく変えます。21歳になると、ピアノ科から音楽学に転向。そこから専門的に音楽療法を学び始めます。彼女が宿題として残していった「音楽の力」を探るために。

患者さんにとって、本物の癒しの音とは。

専門を変えてからは、週に2、3回、高齢者施設や病院などで音楽療法のお手伝いをしてきました。私が携わってきた音楽療法のセッションでは比較的クラシックをはじめとした西洋音楽が多く取り入れられていました。現場に立ち会って数ヵ月が経った頃に、ある疑問が浮かびます。高齢の患者さんにはあまりなじみがないであろう西洋音楽のメロディに合わせて手拍子を打ってもらったり、簡単なアンサンブルを体験してもらって、どれくらい音楽療法として効果が上がるのか。日本人の患者さんにもっと響く音楽は、他にあるのではないか。

音楽療法の原点、そして原理がもう少しわかればこの疑問も解消できるかもしれない。そう思い、大学の卒論では、音楽療法のテキストで音楽療法の原理の起源と書かれていた古代ギリシャの音楽療法について掘り下げました。その後も音楽療法の現場に赴きながら、中世・近世西洋の音楽療法史を研究し続けます。すると西洋の知識はどんどんたまります。毎日は充実していたものの、そもそも知りたかった日本に根差した音楽療法の歴史については手つかずの状態。打開策を探していたときに出会ったのが、現在所属する国際日本文化研究センターに一専攻を持つ総合研究大学院大学にいた恩師です。日本の文化・歴史を多面的に研究する専門家が集まるここでなら、自分の知りたい日本の音楽療法史を追究できるかもしれない。意を決して、音大の博士後期を満期退学し、総合研究大学院大学の博士課程へ編入しました。

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海外での調査風景。西洋の音楽療法史を中心に研究していた音大時代。やりがいを感じる一方で、どうすれば日本の歴史に踏み込むことができるか模索していた。

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光平 有希みつひら ゆうき音楽療法史 研究者
総合研究大学院大学文化科学研究科博士後期課程修了(博士:学術)。国際日本文化研究センターで、音楽と医療の関わりを歴史的な観点から考察する「音楽療法史」研究に取り組んでいる。近書に『「いやし」としての音楽―江戸期・明治期の日本音楽療法思想史—』(臨川書店)。

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