音楽は、人を癒す力に。
<前編>

Jenny Lam/ミュージックセラピスト

胸を張れる人生を、音楽とともに。

困っている人を、音楽の力で救いたい。そんな使命感を胸にミュージックセラピストへの転身を果たしたJenny Lam氏。それまでのキャリアを捨ててまで、彼女をその道へ向かわせたものとは何か。音楽にどんな可能性を見出していたのか。活動の原点に迫ります。

人には真似のできない、バイオリンの声に恋をした。

母とともに60~70年代の香港ポップスを聴きあさっていたのが、幼い頃の私です。なかでも「白光(バイ・クァン)」や「李香蘭(日本名:山口淑子)」らの楽曲が大好きでした。カセットプレーヤーから流れてくる彼女たちの美声は、今でも鮮明に覚えています。一方で、10歳のときに母から勧められて手にした楽器はバイオリンです。自分の声では到底生み出せないエレガントでシャープな音色。これに魅せられた私は、すぐさまこの楽器のとりこになります。

ヴィヴァルディの「四季」をはじめとしたクラシックを聴いていた私は、いろんな曲を、誰に言われるでもなく、ただ自分の歓びのためだけに奏でていました。国際的な音楽検定である英国王立音楽検定(ABRSM)で腕試しをしたのは、17歳の頃です。最初の挑戦では、上から2番目のグレードである7級に合格。その2年後には、最高グレードである8級にも合格しました。バイオリンに熱心だった頃の、すばらしい思い出です。

10歳で手にしたバイオリンのレッスンは、高校生の頃まで継続。プロになることはかなわなかったものの、国際的な音楽検定の最高グレードに合格するほどの腕前だった。

博愛の精神を、赤十字のボランティアで学んだ。

ABRSMに挑戦していた頃に出会ったのが、赤十字社でのボランティア活動です。中学校の課外授業で参加したのをきっかけに、ここでの活動に傾倒しました。緊急処置の方法や介護の技術を身につけた私は、さまざまなボランティア先に赴きます。いくつかのイベントでは、コーディネーターも務めました。肉体的、精神的、社会的に、さまざまな困難を抱えた人との向き合い方も、赤十字で身につけました。困っている人には分け隔てなく手を差し伸べ続けた数年間。ここで培われたものは「赤十字の博愛の精神」です。

大学卒業後は、監査法人で公認会計士としてのキャリアを歩み始めます。音楽で食べていこうという夢は10代のときには諦めていました。安定を望んで始めた会計士の仕事は、やりがいは大きかったものの文字通り激務。そんな状況を変えるために、商社、銀行と職場を渡り歩きましたが、忙しさは変わらず徐々に体調を崩しがちになります。ついには働く意義を見失ってしまいました。もっと充実感を味わえる仕事がしたい。赤十字で経験したように、困っている人の助けになりたい。そんな思いを募らせていた私が、一冊の本を通じて出会ったのが「ミュージックセラピー」の仕事でした。

中学生の頃には少年隊のメンバーとして、大学生の頃からは成人メンバーとして赤十字でのボランティアに従事。困っている人に手を差し伸べる「博愛の精神」を身につけた。

神様に胸を張れる人生を、ミュージックセラピストとして。

ミュージックセラピーとは、音楽を通じて人々の健康を維持・管理する医療行為です。私が手にした本に記されていた自閉症の子どもや孤独な老人は、音楽を通じて生きる力を取り戻していきます。私はその様子に衝撃を受けました。音楽には人を癒す力がある。昔からそう信じてはいましたが、科学的にも証明された事実だとは思ってもいませんでした。この出会いこそが私をミュージックセラピーへと向かわせます。

ミュージックセラピーの基礎講座で出会った先生からも「あなたなら、きっといいセラピストになれる」と背中を押されました。けれども大きな壁がひとつ立ちはだかります。当時の香港には、ミュージックセラピストを育成する本格的な教育機関がなかったのです。そこで私が選んだ道は、オーストラリアへの留学でした。安定したキャリアを捨てて、これほど大胆な決断ができたのは、私がクリスチャンであることとも無関係ではありません。セラピストとして多くの患者さんを支える人生を歩めたなら、死後の裁きにおいて「これだけのことをしました」と、胸を張って神様に報告できると思ったのです。

オーストラリアでミュージックセラピーを学んだ2年間。香港で仕事漬けの日々を送っていたのとは正反対に、オン/オフのバランスを大切にするオーストラリアの人々の生き方にも影響された。

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Jenny Lamミュージックセラピスト
香港在住。監査法人、銀行、商社でのキャリアを経て、音楽療法の修士号を取得。2011年よりミュージックセラピストに。10代の頃、赤十字社でのボランティアに参加した経験から、誰に対しても分け隔てなくセラピーを提供する。ホスピスなどでの終活支援にも尽力。

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