ロックの力で、より良き世界を。
〈前編〉

かしわ 哲/シンガーソングライター

「理不尽な状況を打破する」というロックのミッション。

明るくポジティブなヴァイブと、大所帯から繰り出されるダイナミックなグルーヴが魅力的な、究極のバリアフリーバンド、サルサガムテープを25年に渡って率いてきたかしわ哲さん。このバンドで「日本人に意識革命を」と目を輝かせる氏の「ロック」に対する思いに迫ります。

素直に音楽を楽しむ、障がいのある人たちとバンドを。

人生における「意識の突然変異」が僕に起こったのは10代の前半。ビートルズの「Twist & Shout」とローリング・ストーンズの「Satisfaction」という曲との出会いを境に、ギターを手に歌うようになりました。その後、長らく音楽では食えなかった僕ですが、31歳のときにNHKの子ども番組「おかあさんといっしょ」の5代目「うたのおにいさん」に大抜擢されます。自分の中に息づくロックとは対極にあるような音楽ジャンルの仕事でしたが、対象が子どもになっても「自分でつくった曲を、自分で歌う」ことは一貫してきました。子ども向けの曲には、言葉を削ぎ落としてシンプルに伝える面白さがありましたね。

うたのおにいさんを務めた後は、よく福祉施設に呼ばれてファミリーコンサートをしていたのですが、障がいのある人たちって僕が演奏していると絶妙なタイミングで立ち上がり、手を叩いてくれるのです。有名・無名は関係なし。目の前にあるパフォーマンスだけで判断する最高のオーディエンスです。少しでも退屈したら平気で寝てしまう子どもという観客を相手にしてきた僕だけに、彼らのストレートな反応には感動しました。そんなピュアな感性を持つ人たちとバンドをやりたい。そう思って、何度か足を運んだことのあった神奈川県秦野市にある施設を拠点として、知的障がいがある人たちと1994年に結成したのがサルサガムテープです。

サルサガムテープは、福祉施設を拠点として1994年にスタート。初期のメンバーの多くはリズムセクションを担当。大所帯から繰り出される心地良いグルーブ、ポジティブで明るい歌詞、シンプルなメロディは当初から変わらない。

リズムとは、人間にとって根源的な表現です。

来年から、この施設でバンドをやろう。押しかけボランティアでそう宣言してはみたものの、最初はどうすればいいのか見当もつきませんでした。そこで考えたことは「正しい・正しくない」が歴然としてしまう音階楽器ではなく、リズム楽器をみんなで手にしようというアイデア。まずは僕のギターと、いろんな打楽器を手にした25人くらいとで自由なリズムセッションを試みました。リズムって、人間の根源的なものです。最初は、個々のメンバーからリズムが湧き出ていればOKとしていたのですが、何度かみんなで集まって、無心で打楽器を叩いているうちに、バラバラだったリズムがひとつになる瞬間が増えていきました。遂には心地の良いグルーヴが巻き起こるようになったのです。

こういった形でバンドをスタートできたのは、南米パラグアイを旅したことが影響しています。南米の音楽はサンバをはじめリズムが主体で「こんなに人数はいらないだろ」ってくらい大所帯。みんなが打楽器ひとつを手に延々と楽しんでいます。少しくらいまわりとズレていても気にしない大らかさも最高ですが、原点には音楽を楽しむマインドが息づいています。南米がこれら音楽に大切なものを教えてくれたからこそ、サルサガムテープは生まれました。そうでなければ、みんなが間違えるたびに「ダメダメ、そうじゃないよ!」ってカリカリして、すぐにこのバンドは消滅していたでしょうね。

障がいのある人たちと並んで、最もシビアなオーディエンスなのが子どもたち。ロックの魅力が詰まった圧倒的なライブパフォーマンスは、多くの幼稚園でコンサートを重ねるなかで磨かれてきた。

メンバーの置かれている状況を何とかしたい。

結成直後、みんなのリズムがグルーヴすることが増えてきたところに用意したのが「フライドチキン」という楽曲です。これはフライドチキンを好物とするメンバーにインスパイアされてつくりました。多くの曲は、メンバーが口にする言葉や、彼らの状況に対する私の怒りなどが元になっています。実際サルサガムテープを始めてからというもの、以前にも増して障がいのある人が身近になっていき、彼らの置かれた状況を良くしていきたいという思いは募るばかりです。

同じバンドでロックしているのに、終演とともに障がい者、健常者に分けられ「さよなら」するのも悲しいし、彼らの生活環境であった入所施設にもいろいろな問題がありました。なぜ、彼らが人間として不当な扱いを受けるのか。納得できないことが多かった。すると月並みな言い方ですがロック魂に火が着くわけです。ロックのミッションは、そういった人たちを解放すること。押しかけボランティアで始めた活動でしたが、この怒りがなければとっくに辞めていたでしょう。もちろんこの怒りと、とびきりゴキゲンな彼らとバンドをともにする歓びが、活動の両翼としてあるからこそ、ここまで続いたわけですけどね。

10代でロックに目覚め、半世紀以上に渡って音楽とともに歩んできたかしわさん。「ロックンロールはあらゆる生き方を肯定する存在です」と笑顔で語ります。

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かしわ 哲/シンガーソングライター
NHKの子ども向け番組「おかあさんといっしょ 」の5代目「うたのおにいさん」。童謡「すずめがサンバ」「きみのなまえ」を作詞・作曲。1994年より、知的障がい者らとバンド「サルサガムテープ」を結成。フジロックへの出演、忌野清志郎との共演・共作などで注目される。

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