物語に、音楽でスポットを当てる。
＜後編＞

ナショナル ジオグラフィックとの出会い。

「ゼルダの伝説」のコンサートは、僕にもうひとつのサプライズをくれました。ナショナル ジオグラフィックとの出会いです。ナショナル ジオグラフィックの担当者が大のゲーム好きで、コンサートに来てくれたのです。これをきっかけとしてナショジオ ワイルド（ドキュメンタリー番組の専門チャンネル）から「私たちが所蔵する130年分のアーカイブ映像に、オーケストラ演奏と合唱団の歌声を組み合わせたコンサートをプロデュースしてくれないか」と打診されます。

環境問題に対しての意識が高いサンフランシスコで育ったことにも無関係ではありませんが、僕は昔から徹底したジャーナリズムに基づいて描かれるナショナル ジオグラフィックの映像の大ファンでした。そんな彼らに唯一欠けていると感じていたのが、音楽の力で物語を届けることです。これは僕が得意とする仕事。もちろん彼らとのプロジェクトは僕にとって特別なものでした。

地球の素晴らしさを体感できるコンサートを。

ナショナル ジオグラフィックと検討を進めていく中でひらめいたアイデアは、彼らがこれまで蓄積してきた映像に交響曲を組み合わせるもの。これは「自然はあらゆる人々に、インスピレーションを与える」という僕の信念から導かれたものです。彼らもすぐさまこのアイデアに賛同してくれました。これが「Symphony for Our World（私たちの地球へのシンフォニー）」の出発点です。

プロジェクトの最終的な狙いは、地球の素晴らしさを体感してもらうことです。人間は自然から「与えられること」に慣れきっていて、生き物たちと地球とが紡ぐささやかな物語を見過ごしがちです。そんな物語に、音楽の力でスポットを当てたい。そうは思ったものの、ナショナル ジオグラフィックの素晴らしい映像と、われわれの楽曲とをどう組み合わせればいいものか。これには頭を悩ませました。

試行錯誤の末にたどり着いたのは「海」「海辺」「陸」「山」「空」という5つの楽章からなる交響曲です。例えば「海辺」の楽章では、落ち着いたメロディから元気でハイテンポなメロディにしていくことで、砂から顔を出して生まれたばかりの亀の子たちが、寄せては返す波を前に、大海原へと飛び込むシーンを表現しています。音楽を手がけたのはハンス・ジマー率いるBleeding Finger Music 。そこにエルマー・バーンスタインによるオリジナルのファンファーレを組み合わせました。自然の中を擬似的に探検する経験を通じて、自然の美しさを再認識してもらいたい。この交響曲にはそんな思いを込めました。

オーディエンスの歓ぶ顔こそが、僕の原動力。

構成が決まってからは、コンサートツアーの準備と、アースデイ（地球の日）に放送する特別番組の準備に奔走しました。どちらもスケジュールはタイトでしたが、われわれチームはこの大仕事を見事にやり遂げます。普段は見過ごしてきた地球の物語をお届けできたはずですし、作品をきっかけとしてオーディエンスが、前よりも思いやりのある地球の住人になってくれたなら、こんなに素晴らしい仕事はありません。

僕は仕事から大きな歓びを得ています。オーディエンスの喜ぶ顔こそが、僕の活動の原動力です。多くの人に刺激を与える作品を作る上で、僕が何よりも心がけていることは、伝えるべき物語に忠実に寄り添うこと。ゲームであっても、自然であっても同じです。「ゼルダの伝説」のコンサートを通じて、さらにゲームを好きになってもらいたい。ナショナル ジオグラフィックのコンサートを通じて、もっと自然を好きになってほしい。これからもさまざまな仕事を通じて、さまざまなメッセージを発信していきたいと思います。

Jason Michael Paul／エンタテインメント・プロデューサー

交響楽団コンサート業界の先駆者にして先導者。Jason Michael Paul Entertainment, Inc.代表。著名な国際的アーティストのコンサートに加えて、テレビゲームの音楽に命を吹き込む交響楽団コンサートの企画・宣伝を行っている。