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『想いと想いをつなぐ演奏機会』

#2 音も、気持ちも、シンクロする時間

2023年7月5日

新型コロナウイルス感染症が猛威を振るっていた時、私たちは人と人とのリアルなつながりを失った。世界中でロックダウンが実施され、誰かと空間を共有することができなくなったのだ。音楽活動をしている人たちは、集まって合奏することができなくなった。街からセッションと笑顔が消えた、そんな時。ヤマハの「SYNCROOM(シンクルーム)」は多くの演奏者の心のよりどころとなった。

『想いと想いをつなぐ演奏機会』(全3回)

#1 豊かなこころを育む音楽・器楽教育

SYNCROOMは、離れた場所にいるユーザー同士がオンライン上でセッションできるアプリケーション。ヤマハ独自の遠隔合奏技術「NETDUETTO(ネットデュエット)」を使い、遅延の少ない、快適な演奏体験を実現する。2020年に日本国内で無料リリースし、これまでに数十万人に利用されている。

遅延を最小限に、喜びを最大限に

SYNCROOMの基になった技術は、実は、10年以上前から開発が続けられてきたものだ。2011年に運用を開始した試用版サービス「NETDUETTO β」。「これはヤマハが以前から持っていたネットワーク技術を応用して実現したものです」と、SYNCROOMの開発に携わる山本尚希は説明する。

[ サムネイル ] ミュージックコネクト推進部で開発を担当する山本尚希
ミュージックコネクト推進部で開発を担当する山本尚希

一般的な遠隔会議システムでは、どうしても音の遅延が発生してしまう。会話では気にならない程度のズレも、演奏で音を合わせる時には致命的な障害になる。NETDUETTO技術は、ネットワークへの接続状況を常に計測するなど、通信を安定化させるためのさまざまな工夫を取り入れ、遅延を極限まで小さくする。しかも、高音質での通信を実現するので、かつてないほど快適に遠隔合奏を楽しむことができるのだ。

「その後、正式にサービス展開できる体制が整ったところで、『SYNCROOM』としてリニューアル公開しました」(山本)。2020年6月のことだ。「公開時期がコロナ禍に重なったのは予想外でしたが、集まってセッションすることが難しい時期に遠隔合奏サービスを世の中に提案できたのはよかったと思います」。

SYNCROOMを活用した合奏(イメージ)
SYNCROOMを活用した合奏(イメージ)

離れていても、ひとつになれる

SYNCROOMには、メトロノームやレコーディングなど、さまざまな機能が追加された。中でもNETDUETTO βからの最大のアップデートは、プロフィールが設定できるようになったことだ。ユーザーは自己紹介を書き込んだり、好きな音楽ジャンル、興味のある楽器などを登録することができる。

「プロフィール機能を追加したことで、ユーザーは一緒に演奏したいと思える人を見つけやすくなりました」。そう説明するのはSYNCROOMの企画とマーケティングを担当する北原英里香だ。ユーザー検索、セッション履歴、お気に入りユーザー登録などの機能と併せて利用することで、他のユーザーと交流したり、一度セッションを行った人と再会することが容易になった。この進化は大きく、SYNCROOMは単に遠隔合奏を可能にするツールにとどまらず、「人と人とのつながりを生み出す場」としても機能することになった。

ミュージックコネクト推進部で企画を担当する北原英里香
ミュージックコネクト推進部で企画を担当する北原英里香

実際、SYNCROOMは新たな出会いを生んでいる。公開ルーム機能を使えば、一緒に演奏してくれる人を募ったり、知らない人たちのセッションに飛び入り参加することもできる。「公開直後はコロナ禍だったこともあり、もともと演奏活動していた仲間同士でSYNCROOMを利用するケースが多かったのですが、いまではネットで知り合ったユーザー同士でセッションを楽しむケースも多く見られます」(北原)。

また、事情があってリアルの場に集まれない人にも、SYNCROOMは演奏の機会を提供している。「けがや病気で外出するのが難しかったり、演奏コミュニティーへの参加にためらいを感じる方は一定数います。そういう方々も気軽に合奏に参加できるのがSYNCROOMの強み。最近では、音楽療法などに使われる例もあるそうです」(北原)。

子育て中の人、遠くへ引っ越してしまった人、対面でのコミュニケーションが苦手な人。さまざまな理由でリアルの場に出かけにくい人たちにとって、自宅から参加できるという“選択肢”は心強いに違いない。「SYNCROOMの場合、インターネット回線などの環境さえ整っていれば、どんな人とでも合奏を楽しむことができます」。そんな山本の言葉に、北原が付け加える。「そういう意味で、インクルージョンにも貢献できるし、多くの人にとって心のよりどころになり得るアプリケーションです」。技術で音の遅延を最小限にするSYNCROOM。それは同時に、多様な人たちが共に演奏を楽しめる場を提供することで、人々のためらいや心の距離といった障壁をも小さくしているのかもしれない。

「合奏」の可能性を、未来へ響かせる

オンライン空間での合奏を可能にしたSYNCROOMだが、しかし、それはリアルでの体験を置き換えるものではない。

山本は、SYNCROOMをリアルの「代替」ではなく「プラスアルファ」と捉えている。「オンライン、オフラインをあまり意識せずに、選択肢として自由に組み合わせられるようになればいいなと思っています」。例えば日常的な練習はオンラインで行い、ライブ直前のリハーサルや本番だけ顔を合わせて演奏するバンドがあってもいいだろう。あるいは、遠方にいる一部メンバーがリモートで参加するハイブリッド合奏グループもあるかもしれない。

一方、北原は「SYNCROOMがあることで、選択肢が増え、音楽活動がより豊かになっていくのではないか」と考えている。だからこそ、より多くのユーザーが手軽に使えるよう、アプリケーションや機能の改善に継続して取り組んでいるのだ。「SYNCROOMを演奏する『場』の選択肢として根付かせるためにも、まずはたくさんの方に使ってもらうことに重きを置いています」。

デジタル化がどれほど進もうと、同じ空間で呼吸を合わせる演奏がなくなることはないだろう。リアルでしか味わえない高揚感や感動は間違いなく存在する。「同時に、匿名性を担保でき、どこからでも気軽に合奏に参加できるという、オンラインならではの楽しみ方やメリットもあるんです。それぞれの場面や事情によって使い分けて、リアルな体験と生かし合う新たな選択肢としてSYNCROOMを使ってもらえれば本望です」(北原)。

オンライン空間に、他者と演奏を楽しむことのできる「場」をつくり出したSYNCROOMと、新興国の子どもたちに楽器で共奏する「機会」を提供しているスクールプロジェクト。次回はいよいよ、二つの事業に共通する「Key」に耳をすませます。お楽しみに。

(取材:2023年2月)

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山本尚希|NAOKI YAMAMOTO

ミュージックコネクト推進部 サービス企画・開発グループ。SYNCROOMなどのアプリケーション開発を担当。大学ではソフトウェアエンジニアリングやマシンラーニングを学ぶ。プログラミングスキルと音楽への愛着を両立できる進路としてヤマハを選択した。

北原英里香|ERIKA KITAHARA

ミュージックコネクト推進部 サービス企画・開発グループ。中高時代を海外で過ごし、吹奏楽でホルンを担当した。音楽の楽しさを世界中の人に伝えたいという想いで2017年に入社し、2019年からSYNCROOMの企画を担当。サービスの運用や新機能企画、マーケティング戦略などを担っている。

※所属は取材当時のもの

『想いと想いをつなぐ演奏機会』(全3回)

#1 豊かなこころを育む音楽・器楽教育

#2 音も、気持ちも、シンクロする時間

#3 音楽の「共奏」から始まる、未来の「共創」