社長メッセージ

[ 画像 ] 取締役 代表執行役社長 中田卓也

「世界中の人々のこころ豊かなくらし」を目指し
新たな社会で持続的な成長力を高めることで、企業価値の向上を実現します

「ヤマハは本当に強くなった」。この2年を振り返って、私は変化を実感しています。

 COVID-19の影響により、一時は作りたくても製品を作ることができない、開きたくても音楽教室を開けないという、いわば開店休業状態に陥り、2021年3月期第1四半期には当期損失を計上しました。しかし、同年第2四半期には黒字へと転換し、以降、収益は右肩上がりに伸びています。以前であれば、危機的な状況に直面すると赤字に転落したり、低空飛行が続いたかもしれません。一旦収益が落ち込んでもそれを1四半期にとどめ、すぐさま盛り返したことに、当社の進化を見ることができました。

 何より素晴らしかったのが、危機に対する社内の一体感です。部品が入ってこなければ、設計をすぐさま変更する。商品が作れないなら別の商品を売り切る工夫と努力を重ねる。開発、調達、生産、販売の全てのプロセスにおいて、全従業員が一体となっての能動的な対応は当社の進化の証左であり、私自身、一種の感動と大きな手応えを感じました。残念ながら、中期経営計画で掲げた財務目標を達成することは叶いませんでしたが、当社の稼ぐ力と危機への対応力は確実に高まったと自負しています。

 一方で、従来とは異なるレベルの範囲・スピードで進む外部環境の変化を踏まえれば、リスクマネジメントのさらなる高度化が必須であることは明らかです。これまでも外部環境の変化がもたらす事業への影響を常に想定し対応策を検討してきましたが、もはや予測不能な変化が常態ともいえる環境では、従来のリスクマネジメントをもう一度見直す必要があると考えています。

 サプライチェーンもまた、レジリエンスを再検証しなければなりません。これまで当社は、過去に発生した国内外の自然災害などを踏まえ、サプライチェーンのグローバル化を推し進めると同時に、在庫を最小化して生産活動を効率化する仕組みを整えてきました。しかし、世界中で人の動きが一斉に制限されたCOVID-19を前に、構築してきたサプライチェーンが十分なレジリエンスを発揮しなかったことは明らかです。

 部品調達についても同様のことがいえます。従来は生産に必要な部品をタイムリーに必要な量だけ調達してきましたが、半導体で顕在化したように全世界的に需給が逼迫するような状況に陥ると、まったくモノが作れなくなります。こうした状況を回避するには、代替が利かない部品であれば、1週間分ではなく、場合によっては1年分の量を事前に調達するなど、部品によってメリハリを効かせた調達が求められます。従来無駄だと思われていた部分にも、これからの経営の選択肢において不可欠な「糊代」があると気づかされました。

[画像] エジプトでのスクールプロジェクト(提供:エジプト・日本学校)
エジプトでのスクールプロジェクト(提供:エジプト・日本学校)

2022年5月、当社は新たな中期経営計画「Make Waves 2.0」(以下、新中計)を策定・発表しました。その新中計についてお話しする前に、前中期経営計画「Make Waves 1.0」(以下、前中計)について振り返りたいと思います。

 前中計期間の2019年4月から2022年3月までの3カ年は、図らずも、COVID-19の影響が特に大きく表れた期間と重なり、財務目標はいずれも未達に終わる結果となりました。しかし、事業活動が制限された中においても、掲げた4つの重点戦略について着実に進捗させたほか、非財務目標は全て達成することができ、将来の成長を支える土台はこれまで以上に強固になったと考えています。

 一例を挙げれば、研究開発拠点「イノベーションセンター」が2018年に竣工したのを機に、技術者を1カ所に集約させたことで、アコースティックからデジタル、ネットワークに至るまで幅広い技術を融合させたユニークな商品を数多く発売することができました。離れていてもリアルタイムに音楽が合奏できるオンライン遠隔合奏サービス『SYNCROOM』や、仲間と交流しながらスポーツの応援ができるリモート応援システム『Remote Cheerer poweredby SoundUD』などが大きな話題となったのは、その成果の一つです。また、こうした商品やサービスを開発・投入するスピードに関しても収穫がありました。以前であれば完成度をしっかり高めてから市場に投入していたのに対し、消費者のニーズや生活様式の変化に素早く応えるべく、完成度がやや低くても市場に投入し、走りながら品質を磨き上げていくという、いわばアジャイル開発のようなスピード感で開発・マーケティングを進めたのです。COVID-19によって人と人との交流が制限されているからこそ、音楽の魅力やコミュニケーションの重要性を訴えたいという従業員の熱意が、スピード感に結実しました。収益貢献という点ではまだこれからではありますが、今後に向けた製品・サービス開発の新たな可能性を見出すことができました。

 定量的な成果に関しては、楽器事業の主要商品であるピアノや管弦打楽器が、前期比で2桁成長を達成したほか、半導体調達や物流の混乱の影響を受け生産や供給が停滞した電子楽器やギターも、強い需要に支えられ成長を達成しています。また、新興国を中心に展開している「スクールプロジェクト」の生徒数が、目標の100万人を超え、129万人にまで増加しました。こうした実績から、楽器や音楽に対する潜在的なニーズが根強いことを再確認しました。同時に、私たちが積極的に働きかけることで、お客さまからの評価をもっと獲得し、事業の裾野をさらに広げることができるはずだという自信も持つことができました。

 COVID-19により、人々の意識や生活スタイル、価値観は大きく変化しましたが、そうした変化は、技術と感性、そこから生まれる新たな価値創造を追求し続ける当社にとって大きなチャンスをもたらします。新中計では、先述の経営課題にしっかり取り組みながら、前中計で構築した事業基盤をさらに発展させる形で、広がるビジネスチャンスを取り込み、持続的な成長を実現する決意です。

新中計では、当社に連綿と受け継がれてきた企業理念「感動を・ともに・創る」と、ヤマハが目指すもの「世界中の人々のこころ豊かなくらし」を合わせ、ミッションとして明確化しました。私たちが大切にする企業理念を、成長の羅針盤となる中期経営計画にも明記してほしいという従業員の声に応えるとともに、ヤマハが目指すものを社内外のステークホルダーと共有することが、ミッションを明確にした狙いです。
 私たちは、ミッションと経営ビジョンからバックキャストして、その実現のために今後3年間でどのような変革を実現しなければならないかという観点で新中計の検討を重ねました。その一環として、ミッションとビジョンを実現するため取り組まねばならない重要な経営課題を、マテリアリティとして特定しました。従来ESG・サステナビリティの文脈で整理していたマテリアリティを、経営のマテリアリティとして整理し直すことで、全ての事業活動を一層統合することを企図しています。

 新中計は、着実に積み上げてきた中期経営計画の成果を、さらに進化させるための次のステップを指し示すものでもあります。これまでの中期経営計画を通じ、当社は収益力、ブランド力、価値創造力と、段階的に大きなテーマを設定し、企業価値を高めてきました。新中計では新たなステージとして、持続的な成長を可能とする力を追求していきます。

 では、なぜここで成長力か。経営課題はいくつもありますが、一番大きな課題はCOVID-19で落ち込んでしまった売上収益にあると私は考えています。過去15年の売上収益(売上高)を振り返ると、2007年3月期の5,500億円をピークに、電子金属事業やリゾート施設、リビング事業譲渡などの事業の選択と集中を進めたことに加え、リーマンショックなどを経て徐々に下降線を辿り、2012年3月期には3,500億円水準にまで落ち込みました。そこから数年かけて4,000億円台まで盛り返してきましたが、COVID-19の影響により再び3,000億円台に低下、2022年3月期にようやく4,000億円を超えるところまで回復しました。

 売上収益が横ばいであっても、利益率の改善によって収益成長は一定程度可能です。しかし、「世界中の人々のこころ豊かなくらし」を実現するために、また、音楽や楽器に潜在的なビジネスチャンスが今後も見込まれるという私たちの確信を証明していくためには、将来のあるべき姿を見据えながら、改めて成長にこだわりたいと私は考えています。

 「成長力を高める」という言葉には、変化に対するレジリエンスも含む、持続的に成長する力を引き上げていこうという決意が込められています。したがって、例えば規模拡大だけを狙ったM&Aなど、単に売上収益を上げるためだけの施策は計画していません。この新中計期間中に当社が持続的に成長していく力をどれだけ培うことができるか、ぜひ注目していただきたいと思います。

持続的な成長力を高めるというテーマに向けて、私たちは以下の3つの方針を策定しました。

方針1. 事業基盤をより強くする
[画像] 生産拠点(インド)
生産拠点(インド)

重点テーマとして、「①顧客ともっとつながる」「②新たな価値を創出する」「③柔軟さと強靭さを備え持つ」を定めました。①と②は前中計から引き続き注力するテーマです。①の進捗を測る非財務指標としてYamaha Music ID登録数を定め、500万IDをその目標値としました。現在、約400万人にのぼるお客さまとの接点を新規に統一した仕組みへ移行しつつ、さらに100万人上積みしていくことで目標の達成を目指します。

 ②については、前中計の取り組みを引き継ぎ、アコースティックとデジタル、双方の技術を持つという当社の強みを生かした製品ラインアップをさらに拡充します。新中計では、新コンセプト商品投入数を指標として掲げていますが、すでにさまざまなアイデアが出てきており、大いに期待しています。また、YamahaMusic Connect (仮称)のもと、お客さま情報に基づき一人一人の嗜好に合ったサービスも展開し、音・音楽の新たな楽しみ方を提供します。

 ③は、喫緊の課題であるレジリエンスの強化に向けた具体策です。350億円の投資枠を設け、生産体制の見直し、既存工場の能力向上、IoTなどのデジタル技術の活用など、先行き不透明な事業環境下でも柔軟に市場へ商品を供給できる体制の構築を急ぎます。また生産工程に関しては、生産効率向上の観点から工場ごとに加工や組み立てなど役割を分けていた従来の方針を見直し、同一モデルの複数工場での生産や、地域によっては加工から一気に組み立てまでできるラインを取り入れることも念頭に、すでに工場の再配置に着手しています。このほか、研究開発基盤の拡充や、DXによる新たな価値創造・プロセス変革にも取り組んでいく計画です。

方針2. サステナビリティを価値の源泉に
[画像] おとの森
おとの森

「環境」「社会」「文化」の3つの視点から重点テーマを定めました。環境においては、地球と社会の未来を支えるバリューチェーンを築くべく、CO2排出量削減を中心とした気候変動への対応に加え、楽器材料である木材の持続可能な利用、省資源化、廃棄物・有害物質削減に取り組みます。例えば、ピアノを塗装する際、黒の塗料を何度も塗り重ねた後、削って、磨いて仕上げるのですが、その結果、塗膜になる塗料の量より、塗装や研削の工程で廃棄する塗料のほうが多くなってしまいます。深みのある美しい発色には欠かせない工程ですが、環境負荷は決して低くありません。そうした環境負荷までを含めた製品情報がお客さまと共有されれば、今後は木地の風合いを生かしたピアノのほうが評価されるようになるかもしれません。消費者の価値観に敏感に反応するためには、これまでの常識とは異なる発想とお客さまとのコミュニケーションがますます重要になると考えています。

 社会的な側面においては、快適なくらしへの貢献を通じて当社のブランド力や競争力をさらに引き上げるため、リモート演奏や遠隔コミュニケーションの実現に注力します。また、サプライチェーンにおける人権配慮の取り組みをより一層強化すべく、サプライヤー実地監査を60社に導入する目標を掲げました。さらに、耳を保護する商品や、音声により交通安全を確保する技術、音楽を用いたQOL向上への貢献など、音に関わる企業として、健康と安全の両面から新たな価値を提案していきます。

 文化の側面では、音楽演奏人口のさらなる拡大を目指し、器楽教育普及支援対象者数や海外音楽教室の生徒数を重要な指標として掲げました。音楽文化の発展に不可欠な講師・技術者の養成、音楽家や研究家の活動を支援する取り組みも加速していきます。

方針3. ともに働く仲間の活力最大化

重点テーマとして、「①働きがいを高める」「②人権尊重とDE&Iを推進する」「③風通しが良く、皆が挑戦する組織風土を醸成する」を定めました。

 音・音楽という人間の感性に関わる事業を展開する当社にとって、クリエイティビティとその原動力となる「人」は最も重要な経営資本です。私は、従業員が楽しんで仕事に取り組み、挑戦するためには何が必要かを常に考えています。私自身の経験も踏まえて、従業員が自ら面白がったり楽しんだりする先に、優れたアウトプットが生まれると信じているからです。

 当社は1950年代からグローバルに事業を展開し、日本だけでなく、世界各地に優秀な人材を擁しています。そうした多様な人材の活力を引き出し、企業としての成長力へとつなげることは、持続的な価値創出に不可欠です。新中計において、人材の活力最大化を「施策」ではなく、方針の一つと位置付けたのも、こうした考えに基づいています。

 過去2年間でテレワークが普及し、従業員の働き方の自由度が広がりました。一人で籠って仕事をすべきか、あるいはオフィスで周囲と直接顔を合わせて議論したほうがいいのか、従業員一人一人が自分の業務の内容や段階に合わせて最も適切な手段を選択できるようになっています。ただし、短期的な効率性を追求するあまり、周囲との信頼関係やクリエイティビティが損なわれてしまうなど、個人にとっても組織にとっても中長期的な成長を阻害する働き方になってはいけません。個人と組織のクリエイティビティが発揮される仕組みと組織風土を作っていくことこそが、私たち経営層に課された役割であると考えています。

ここまでご説明した新中計の3つの方針に沿って、各重点テーマへの取り組みを推進していくとともに、それぞれ3つずつ合計9つの非財務目標を掲げて取り組んでいきます。その上で財務目標として、売上成長率20%、事業利益率14%、ROE・ROIC10%以上の達成を目指します。地政学的リスクの増大に起因した原油価格の高騰や半導体調達難などの要因を背景に、原材料価格の高騰が顕著となっており、業界で価格転嫁への動きが広がっています。当社においては、2022年3月期は、約120億円のコスト増がありましたが、そのうちのおよそ半分は価格の適正化により吸収できています。新中計初年度の2023年3月期は、さらに50~60億円のコスト増が見込まれますが、2022年3月期からの持ち越し分を含め、価格適正化の推進によりコスト増加分全てを相殺していく計画です。

 新中計では今後目指すべき事業ポートフォリオのあり方についても示しています。ピアノや管弦打楽器を中核にして稼ぐ力を維持・強化しつつ、電子楽器をさらに伸ばし、次の柱としてギターや部品装置、新たなサービスの育成を図ります。中でもギターは、これまで比較的低いシェアで推移していましたが、確実な成長を続けており、「成長」ポジションへの移行を視野に収めています。音響機器事業については、コロナ禍によって一時的に伸び悩んだものの、潜在的な市場成長ポテンシャルは決して低くないと見ています。すでにいくつかの成長の芽が出始めてきており、それらを組み合わせてシナジーを創出することで、「成長」ポジションへの移行を図ります。

 今回発表した新中計については、中身だけでなく、説明の手順にもこだわりました。従前であれば、まず財務目標を提示して、その目標を達成するためにどんな施策を講ずるのか、という順番で説明してきました。しかし新中計では、従来とは逆のアプローチで、目指すべき大きな方向性と経営のあり方をまず提示し、成長のための課題を整理した上で、具体的な施策と非財務目標を示し、最後に、これらをやり切った結果達成される財務目標を掲げる、という順番で説明しています。これは、数字だけが注目されることを避けるとともに、従業員が計画を理解しアクションにつなげる、換言すれば「腹落ち」するためにはどのように説明すべきか、という観点で練り上げたものです。株主・投資家の皆さまにも同じ順番で計画を説明することで、社内外で発信するメッセージを一致させることにも留意しています。

さまざまな無形資産の中でも、当社は技術力を特に重視してきました。単に技術開発の最先端を行くだけでなく、「聞く」という人間の感性を定量化して製品開発に生かす技術力は世界でも随一と自負しています。この当社らしい技術のさらなる進化が、新中計でも重要な成長ドライバーになると考えています。

 社会やマーケットの変化を見据えたビジネスモデルの進化という観点では、継続的に磨き上げてきた技術力とブランド力に加え、今後はYamaha Music IDを格納するデータベースとなる顧客情報基盤が無形資産としての重要性を増すと想定しています。単純な規模の拡大を狙ったM&Aは計画していないことは先述の通りですが、技術力、知的財産、消費者データなど成長力を高める無形資産を強化するためのM&Aに関しては、積極的に検討していきます。

ガバナンスに関しては、取締役会の議論の質が一段とレベルアップしていると感じています。2021年6月に取締役に就任した篠原弘道氏と吉澤尚子氏の両氏は、デジタル技術を活用した事業を展開する大企業での経営経験を有し、技術視点からのマネジメントのポイントに深い洞察をお持ちです。多様なバックグラウンドと知見を持つ社外取締役から意見や助言を得ることで、私自身にも多くの気づきがあります。当社が今後実現すべき変革の本質を問う議論を重ねることで、ガバナンスの機能の一つは中長期的な価値創造に向けた変革の後押しにあることを実感しています。

 2020年に設けた監査役員は、懸案だった監査機能と情報収集能力の強化に大きく寄与しており、監査委員会のメンバーにとっても、非常に頼りになる存在となりました。執行においても良い意味で緊張感が高いレベルに保たれており、ガバナンスや内部統制の質の継続的な向上に期待しています。

私は、サステナビリティと収益成長は正の相関関係にあると確信しています。サステナビリティに対する社会全体の意識の高まりに呼応し、サステナビリティにどこよりも早く真摯に取り組むことが、ブランドイメージの向上と、当社の製品やサービスが多くのお客さまから支持されることにつながります。つまり、新中計で示した非財務目標達成への取り組みに真剣に取り組めば取り組むほど、当社の成長力はますます磨きがかかるということになります。新中計初年度となる2023年3月期は、何事にも真面目に真剣に取り組むという当社の真骨頂を発揮し、成長力が着実に備わっていることをステークホルダーの皆さまに証明する1年にしたいと考えています。

 株主や投資家をはじめとするステークホルダーの皆さまとは、引き続き充実した対話を積み重ねていく考えです。今後とも変わらぬご支援を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。

2022年9月
取締役 代表執行役社長

[ 画像 ] 取締役 代表執行役社長 中田卓也