ごみから生まれた楽器で、
環境への思いを。
〈後編〉

Stijn Claeys/ミュージシャン、エンジニア

捨てられたものから、捨てられないものを。

フルタイムでエンジニアを続ける傍らで、Trashbeatzでの活動を続けてきたStijn Claeys氏。ヨーロッパ各地でエコへの関心が高まるにつれて、活躍の幅が広がっていったと胸を張ります。時間を追うごとに深まっていった環境問題と音楽に対する氏の思いとは。

ターニングポイントは、ごみから生まれたメロディ楽器とともに。

大学卒業後は、ベルギーのIT企業でエンジニアをしながら、Trashbeatzでの活動に情熱を注いできました。当初は、独自のコンセプトを掲げるこのバンドをどう広めればいいか見当もつかず、パフォーマンスの場を得るだけでも苦労したものです。パーカッションバンドなのに、ロックバンドのコンテストに応募したことすらありました。それでも徐々に、ユニークな風貌や唯一無二のコンセプトは受け入れられ、音楽フェスのセットチェンジの合間やストリートなどでの演奏チャンスを得られるようになっていきました。

そんな私たちにターニングポイントが訪れたのは、メロディ楽器を完成させたとき。パーカッションバンドの枠を飛び超えたときです。メロディのある楽曲のインパクトは絶大で、オーディエンスには改めてごみの持つ可能性を印象づけられました。2000年代半ばからは、ヨーロッパ各地でエコへの関心が高まっていったことも追い風になり、私たちの活動は本格的に注目を集めはじめます。今では、ストリートライブにも多くのオーディエンスが集まるほどで、ついにはベルギーやフランス、ドイツでツアーしながら、ワークショップやコンサートを開催するまでに成長しました。

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ヘントで行われる10日間のフェス「Ghent Festivities」は、ヨーロッパで最古といわれるストリートイベント。Trashbeatzのパフォーマンスはこのユニークな楽器のおかげで、老若男女から注目される。毎年このイベントで新しい楽器や曲をお披露目するのが恒例化している。

いつか、ごみからできた楽器だけでフルオーケストラを。

これまでに形にした楽器は10数点。コンスタントに音楽性を広げていくためにも、毎年新たな楽器をひとつ完成させようと思っています。今はテニスラケットをリユースしたギターがほぼ完成したばかりで(写真下)、もうすぐ4人目のメンバーとしてギタリストを迎え入れる予定です。ギターの次は、プラスチックごみ製のサックス。コード楽器やメロディ楽器が増えると確実に音楽性は広がります。いつかごみから作った楽器だけでフルオーケストラを組んでみたいですね。

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ごみから楽器をつくる過程は、まさに試行錯誤の連続です。完成に数年を要することすらあります。時間を必要とする一番の理由は、材料がごみとあって、音を安定させるのが難しいからです。たとえばシャンプーボトルを鍵盤のように並べ、空気を送り出すことでメロディを奏でる楽器。
ボトルの大きさや形が、少し異なるだけで音程は変化してしまいます。空気の出し入れがスムーズにいかなくても音は安定しません。うまくいかなければ他のボトルを手に再挑戦。まさに一進一退のプロセスです。それでも楽器づくりに飽きることはありません。今は、自由になる時間のほとんどをTrashbeatzでのパフォーマンスと、楽器づくりに充てています。

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使用済みのシャンプーボトルとペンで作ったメロディ楽器。オルガンの仕組みと同様に、筒に空気を通すことで音を鳴らす。

音楽の力で、環境への思いをフレンドリーに広めたい。

私たちの楽器づくりは、リサイクルではなく“アップサイクル”。資源を再利用するのに留まらず、付加価値も生み出していく行為です。そもそも楽器は古くなっても処分されません。たとえば、演奏されなくなった楽器は、部屋を彩るインテリアになったり、親戚の子どもの手などに渡っていきます。そんな国に育った私たちにとって、ごみから楽器を作ることは「捨てられてしまうもの」から「捨てられないもの」を作る行為そのもの。

私たちがごみからできた楽器で演奏を続けているのは、そんな資源の秘めたる可能性を多くの人に伝えたいからにほかなりません。音楽は、メッセージをフレンドリーに伝える手段でもあります。オーディエンスは、ミュージシャンの音楽だけでなく、メッセージにも耳を傾けるものです。私たちも、アルバムのリリースやワールドツアーの実現によって、もっと自分たちのメッセージを世界に広めたい。ごみに命を吹き込み、楽器という価値あるものとして甦らせる。このオンリーワンなコンセプトが、国境を超え、世界を驚かせる日を夢見ています。

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ベルギー最大手の通信会社のスタッフパーティーで、この会社のCEOとともに演奏。マスクとコスチュームを身にまといTrashbeatzのドラマーとして演奏を終えた直後に身元を明かすことで、CEOは5,000人の従業員を大いに沸かせた。

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Stijn Claeysミュージシャン、エンジニア
ベルギー・ヘント出身のパーカッション奏者。ハイテクカンパニーでエンジニアとしてフルタイムで働く傍ら、音楽活動に従事する。ごみから楽器を作成し、ガスマスクと防護服の衣裳を身にまとって演奏するバンド「Trashbeatz」の発起人として、資源を守るためのメッセージを発信している。次なる目標はアルバムリリースと世界ツアー。

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