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『楽しさと思いやりを両立する音楽のカタチ』

#1 耳の健康に配慮した音楽リスニング

2023年2月8日

いつまでも好きな音楽を楽しめるように、耳を健康に保ちたい。しかし、耳への負担を心配して音量を下げると、良い音を十分楽しむことができない。そんなジレンマに着目し、耳を守りながら最高の音体験を提供する「リスニングケア」――そこには、音・音楽を楽しむすべての人に寄り添おうとするヤマハの覚悟が息づいている。

ヤマハのイヤホン、ヘッドホンに搭載された「リスニングケア」は、小さな音量でも良い音を楽しめるようヤマハが開発した新機能である。音量が小さくなると低音域と高音域に物足りなさを感じる人間の耳の特性を考慮し、音量に合わせて楽曲本来のバランスを保ちながら高音域と低音域を自動補正する。こうすることで、過度な音量アップによる耳への負担を減らしながら、自然で聴きやすいサウンドを再現するのだ。

耳に優しい、優れた音質

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ホームオーディオ事業部 マーケティング&セールスグループ 田中郁夫

リスニングケアの開発のきっかけとなったのは、ヤマハが2018年に行ったグローバルの顧客調査である。ホームオーディオ製品の商品マーケティングを担当する田中郁夫は「10代やミレニアル世代の若者にとって、毎日何時間も音楽を聴くことは珍しくありません。そんな若者も耳への悪影響に不安を感じ、耳を守りたいと考えていることがわかりました」と振り返る。

調査結果は、WHO(世界保健機関)が2019年に発表した若者世代の難聴リスクに関する勧告を裏打ちするものだった。WHOは、世界の若年層(12歳~35歳)の半数にあたる約11億人が難聴になるリスクを抱えていて、何らかの対策を取らない限りその人数は増加し続けると警鐘を鳴らしたのだ。

そこでヤマハは、音楽を安全に楽しむための「聴覚保護」もメーカーが提供すべき重要な価値と定め、次世代イヤホンの開発に踏み切った。開発の基盤になったのは、夜間に音量を下げても映画の迫力や臨場感を損なわないよう、音量に連動して低音域と高音域のバランスを聴感上フラットに自動補正するヤマハ独自の機能だった。もともとAVアンプに搭載されていたこの機能をイヤホンに応用したのである。

ただ、スピーカーとイヤホンでは音源の再生環境が違うので、AVアンプの機能をそのまま移植しても求める音は得られない。そこで開発チームは「イヤホンに最適な高音域、低音域となるよう細かな調整を行い、中音域とのバランスも最適化して、やっと望む音を実現した」(田中)という。こうして誕生した“小音量でも自然で聴きとりやすい良い音を届ける、耳に優しいリスニングケア”は、2019年以降に発売されたヤマハのほぼすべてのイヤホン、ヘッドホンに搭載されている。

音とともに安心を届ける

リスニングケア搭載のヘッドホンやイヤホンの市場導入と同時に進めたのは、世界中の人々に自分たちの耳の健康について考えてもらう活動だ。2022年には、WHOが「国際耳の日」に定めた3月3日に合わせ、耳の健康へ配慮した音楽リスニングについて発信する特設ウェブページ『Thinking About Hearing Health』を立ち上げた。

通常の商品プロモーションとは異なる、こうした情報発信の背後にはどんな思いがあったのだろう。田中は言う。「イヤホンやヘッドホンの場合、どれくらいの音量で聴いているかは本人にしかわからないので、一人ひとりが難聴リスクについて知り、対策することが重要です。だとしたら、イヤホンやヘッドホンを提供する我々メーカーには、お客さまに正しい情報をわかりやすくお届けする責任があるのではないでしょうか」。

特設ページでは、人々が難聴に関して漠然とした不安を抱えないように、取るべき対策もわかる伝え方を意識している。例えば、耳になるべく負担をかけずに音楽を楽しむためには、「音量の大きさ」と「音を聞く時間」の両方を考慮する必要がある。「要は音量×時間の総量が問題とわかれば、この二つをいかにコントロールするか、個々人の対策のヒントになると思います」(田中)。

WHOとITU(国際電気通信連合)が発行する国際規格によると、成人の場合、耳の健康を保つには80デシベルの音量なら1週間に約40時間のヘッドホン、イヤホンの使用が限度だという。「工場の中には80デシベル以上の音にさらされる環境もあるし、イヤホンで90デシベル近い音量で音楽を聴いている人もいる。私たちの聴力は知らず知らずのうちにリスクにさらされているのです」(田中)。

田中は小学生でバイオリンを始め、大学でバイオリン製作について学んだ。楽器と関わりながら成長してきたが、ヤマハ入社後は音響機器の販売・マーケティングに携わることになった。以降、自宅にこだわりのオーディオ機器をそろえ、音・音楽を楽しむことに妥協しない姿勢を貫いてきた。

しかし、「世の中の難聴リスクに関する認知はまだ十分とは言えません。だれにとっても耳の健康はなくてはならないものなのに、大音量での長時間視聴が聴力に与えるリスクへの認知が進んでいないことにもどかしさを感じています。ヤマハにできることは、製品を通じた唯一無二の音体験をお客さま一人ひとりに“永く”提供することだと思っています」。長くマーケティングを担当してきた田中には、「伝えること」への強い想いもある。世界的に若者の難聴リスクが広がっているいまこそ、「耳の健康への配慮をひとりでも多くの人に伝えなければならない」と考えている。

TRUE SOUNDを“永く”提供するために

ヤマハのイヤホン、ヘッドホンには、リスニングケア以外にも理想の音をユーザーの届ける工夫がたくさんある。

イヤホンの最上位モデル「TW-E7B」にはリスニングケアとは異なるアプローチで音のバランスを補正する「リスニングオプティマイザー」が搭載されている。実際に耳の中で鳴っている音の伝達特性を常時測定し、リアルタイムでイヤホンの左右それぞれの音を理想的な状態に補正する機能だ。イヤホンと耳の関係は、一人ひとり違い、常に変化している。リスニングオプティマイザーは、耳の内部形状の左右差やイヤホンの装着状態で変わる音の聴こえ方を最適化するのだ。

このように聴く人の耳に寄り添い続けるヤマハのヘッドホン、イヤホンだが、それでは、それらが提供するヤマハの理想の音体験とは一体どのようなものだろうか。

オーディオ製品はパーツや機能、デザインなど多くの要素で「理想の音体験」を形づくっているが、ヤマハのオーディオ製品の羅針盤はサウンドコンセプト「TRUE SOUND」だ。「アーティストが込めた想いをありのままに表現し、聴く人の感情を動かす音。これを、私たちはヤマハならではの“良い音”と定義して音づくりをしています」(田中)。ヤマハがオーディオ製品に注ぎ込むこだわりの原点は、楽器メーカーとして築いてきたアーティストとの絆にある。「ヤマハは楽器づくりを通してアーティストと深く結びつき、音楽が生まれる瞬間に立ち会い、理想の音について知り抜いています。音響機器事業に携わる我々も、アーティストと作品に対するリスペクトを胸に仕事をしなくてはいけないと考えています」(田中)。

耳の健康に配慮しながら、世界中の人々にTRUE SOUNDを届けるヤマハのリスニングケア。同じように、思いやりと楽しさの両立を目指すヤマハ製品はほかにもある。次回は金管楽器演奏者の「いつでも、どこでも、もっと楽しく」を実現したサイレントブラスを紹介します。

(取材:2022年12月)

次の記事を見る #2 金管楽器をいつでも、どこでも、のびのびと

田中郁夫|Ikuo Tanaka

ホームオーディオ事業部 マーケティング&セールスグループ。小学校からバイオリンを習い始め、大学ではオーケストラの練習に励む傍らバイオリン製作を学んだ。1998年ヤマハ入社。以来、プロ用音響製品の販売やマーケティングに携わる。ドイツ駐在を経て、現在は一般家庭向け音響製品を担当。ピアノを習い始めた子どもと一緒に練習することが最近の楽しみ。

※所属は取材当時のもの

『楽しさと思いやりを両立する音楽のカタチ』(全3回)

#1 耳の健康に配慮した音楽リスニング

#2 金管楽器をいつでも、どこでも、のびのびと

#3 ずっと楽しむために、いまできること