ヤマハブランドの誕生

ヤマハブランドの商標「YAMAHA」は、洋楽器製造の先駆者である創業者・山葉寅楠の姓に由来します。紀州徳川藩士を父に持ち、幼い頃より西洋の科学技術に親しんでいた寅楠は大阪で当時普及の兆しを見せていた時計に目をつけ、時計づくりとともにビジネスを学びます。やがて医療機器の修理も手がけるようになり、浜松の病院を訪れるようになります。

その技術力をかわれて、浜松尋常小学校からオルガンの修理を依頼され、修理を成功させたことが、ヤマハブランド誕生の第一歩でした。ビジネスとしての可能性を確信し、修理中にオルガン内部を自身で模写して作った設計図で試作品を完成させました。
当時の音楽取調所(現・東京芸術大学)に持ち込むために天秤棒でかついで箱根の山を越えた様子が、レリーフとして残されています。

このオルガンの調律を酷評されたため音楽の理論と調律を一から学び、早朝から深夜におよぶ4ヶ月もの間、悪戦苦闘を繰り返しながらついにオルガンを完成させました。音叉を片手に苦労して調律を学んだ経験から、音叉マークの構想が浮かんだことが推測されます。
彼のビジネスとしての可能性を追求するベンチャー精神、時代を見抜く先見性、困難を克服する粘り強さ、目的を実現する熱意と強い意志。これこそがヤマハブランドの基盤であり、ヤマハグループの全メンバーが持ち続けなければならないヤマハスピリットなのです。

[ 画像 ] 創業者・山葉寅楠
創業者・山葉寅楠
[ 画像 ] レリーフ
レリーフ
[ 画像 ] オルガン組立工程
オルガン組立工程