感性計測技術

私たちは長い歴史の中で、お客様の声に触れたり、お客様の音楽との関わりを共に体験したりといった経験を重ねてきました。これらの経験から培った音・音楽の「感じ方」や「嗜好」「価値観」に関する深い理解すなわち「感性の知」は、他社にない強みであり、ヤマハの強力な差別化要因となっています。私たちは感性計測技術によって、この「感性の知」を組織的に活用することをめざしています。社員一人一人が持っている「感性の知」を言語や図、数値などによって可視化し、共有することで組織的な活用が可能となります。これによって、ヤマハの「感性の知」がさらに成長し、ヤマハならではの新たな価値を生み出すことに貢献できると考えています。

感性計測技術の仕組み

感性計測技術では、人にある刺激を「入力」した時に、その反応を「出力」とするシンプルなシステムを想定して人の感性をモデル化します。例えば、人が「楽器の音(入力)」を聴いた時に「きれい(出力)」と表現するシステムです。

モデル化では、入力と出力を物理計測・心理計測・生理計測などの計測技術でデータ化します。さらに、この入出力の関係を統計やAI技術などにより分析することで可視化します。これにより、個人が持つ「感性の知」を組織内で活用できるようになります。

なお、入力と出力をデータ化する時、計測対象外となる要因の影響を最小限におさえた環境が必要になる場合があります。そのため、ヤマハには主観評価の国際規格(ITU-R BS.1116-3)に準拠した室内音響性能、昇降グリッドや照明機器などを兼ね備えた感性実験室があります。

感性計測実験室

感性計測への取り組み

ヤマハでは、「感性の知」の組織的な活用に向けて、次の3つのアプローチで感性計測に取り組んでいます。

心理 – 物理モデル化

楽器の開発において、私たちは「楽器奏者や聴者の音の感じ方や好みの理解」を大事にしています。一方で、多くの場合、楽器づくりはチームで進めます。しかし、チーム内で「楽器奏者や聴者の音の感じ方や好みの理解」の表現が異なる場合、チームでめざすべき目標が不明確になることがあります。これを解決するためには、共通の言葉での表現が必要です。しかし、楽器づくりの世界では、必ずしも共通の言葉になっていないものがあります。例えば、管楽器の音を表現する重要な言葉のひとつに“ダーク”という言葉あります。“ダーク”は抽象的な表現なので、このままでは共通の表現になっていない可能性があります。

そこで、私たちは、その音の印象を開発者全員が共通して理解できる具体的な言葉で説明し、さらに物理特徴量と関連付けることで、“ダーク”を構成する要素の全体像をモデル化しました。このモデルによって、開発者どうしで “ダーク”の共通理解を得られる表現の獲得と共に、設計に活かせる物理特徴量を理解することで、チームでめざすべき設計指針が明確になります。これによって、管楽器奏者の感じ方や好みに寄り添いながらもヤマハならではの価値を実現する楽器を提供できると考えています。

クラリネット音評価実験

匠技能の形式知化

ヤマハには生産現場で培われた匠の技があります。例えば、高級車内装部品として生産している木目インテリアパーツの検査では、検査員が持つ木目の良し悪しを正確に判断する熟練技能により、品質が保たれています。この検査員の熟練技能は言葉で説明することが難しく、組織で共有することは困難でした。しかし、検査員の熟練技能を可視化し組織で共有できれば、さらなる生産工程の効率化や品質安定化につながります。

これらを実現するために、私たちはAIシステムを活用した検査技能の可視化に取り組みました。具体的には、木目の画像データと検査員の判断データを同時に機械学習モデルで学習させることで、検査員が持つ木目の良し悪しの判断に加え、その判断基準(木目の色合い、縞の形など)を可視化するAIシステムを構築しました。このAIシステムで可視化された判断基準は、生産現場で使えるヤマハ独自の基準になります。この基準をベースに、検査員がより安定かつ精緻な判断ができることで、さらなる生産工程の効率化や品質安定化を実現できます。さらに、ヤマハならではの価値や信頼性をお客様へ明確に提案することができます。このように、私たちはAI技術の支援によって匠の技をさらに高めることで、匠技能に裏付けられた高品質の製品を、お客様に提供し続けたいと考えています。

多様な価値観の可視化

音・音楽の世界における「感じ方」や「価値観」「嗜好」はさまざまで、その人らしさが自然と表れるものです。私たちは感性計測技術を用いて、量的・質的の両側面からその多様さをいかに捉えるか、日々試行錯誤を続けています。このアプローチを高めていくことが、これまで以上に人々に寄り添ったヤマハらしい価値創造につながっていくと考えています。

感性計測技術のこれから

今後、さらなる計測技術の開発や計測対象の拡大によって、感性計測技術をさらに発展させていきたいと考えています。それにより、「世界中の人々のこころ豊かなくらし」の実現につながる、新たな価値の創出に貢献していきます。