「装飾性」の再考
PARSLEY
Milan Design Week 2026
Overview
今なお装飾を問い続けて
ヤマハ株式会社は、様々な楽器や音響機器を製造・販売している日本の企業です。永い歴史を持つ『人類の宝』、貴重な工芸品であった楽器を工業化していくにあたり、その文化や伝統をリスペクトしながら、新たな発想や技術を駆使して現代的に解釈し価値を高めることを心掛けています。その過程で常に向き合ってきたテーマの1つが『装飾性』でした。楽器によって生活が便利になるとは言い難いかもしれませんが、音楽は生活に潤いや彩りを与え、暮らしを豊かにします。これを評して楽器や音楽は人々の生活を装飾するものだと言うことも可能です。
装飾とは何か。それは私たちにとってどんな意味を持っているのか。装飾は飾りか。機能的な装飾と機能を持たない装飾というものがあるのか。装飾は伝統か時代のトレンドなのか。装飾は無駄なものか。装飾を排除したというミニマルな表情もまた装飾の一種だろうか。装飾は視覚的に美しいものばかりか。美しさの定義は誰が決めるのか。決めるべきなのか。一体、私たちは何に心惹かれているのだろうか。
あらためて装飾について思いを巡らせると、その見解は実に様々であり、理屈では上手く説明できない、他人と完全に分かり合えない部分もあることに気づかされます。だからこそ装飾性の解釈に、その人の本性を見ることができるのかもしれません。いや、同じ人でも状況や気分で変化する刹那の幻なのかもしれません。装飾性の中に人間の五感と心を震わせる何かを、愉しさ、美しさ、達成感、そして新たな発見へとつながる感性の発露を、見出すことができるのではないでしょうか。
正解がない問いかけかもしれませんが、それでも装飾についての思考は止まりません。
今回の作品群は、多様な切り口から装飾について思いを巡らせたデザイナー達一人ひとりの考察の軌跡です。音楽や楽器がこれからも私たちの暮らしを彩り、こころに潤いを与え、人生を豊かにする多様な装飾であり続けることを願い。大真面目に遊び心を持って。
Concept
”PARSLEY”
皿の上の一房のパセリ。装飾の特別な価値や意味について考察してきたメンバー達にとって、それは何かを示唆しているようで、妙に心惹かれる存在でした。文化によって個人によって、パセリに対する感覚と評価は大きく分かれます。時にはかけがえのない食材として料理の鍵になり、時にはその香りや苦味、鮮やかな緑が、料理全体のバランス調整役にもなる。また単に料理の添え物として扱われることもある。これは装飾の持つ多義性と似ている気がしました。無言のパセリはただそこにいるだけで多面的な価値を雄弁に物語っているようです。やはり装飾には特別な価値が確かにある。パセリのように。
Works
DRESSING
かつてピアノに添えられていた燭台を現代的に再解釈し、ドレッサーへと生まれ変わった古いピアノ。1983年製のピアノが職人によって丁寧に修理され、リノベーションピアノになりました。 蓋を開ける合図でライトアップし、演奏前の高揚感を掻き立てます。
磨き上げられたピアノブラックの鏡面は演奏者の姿を映し出し、日々の練習で変化する表情や所作を受け止めます。音楽と向き合う時間をより特別なものに変える存在を目指しました。
楽器に燭台があった当時の室内は薄暗く、夜間の演奏に蝋燭の灯りは必須でした。技術の進歩で室内は十分明るくなり、灯りに求める価値も変わりました。優しく美しい光を受けて毎日の気分を盛り上げてくれる。ドレスアップは装飾の真髄なのでしょう。
幼い頃からピアノに親しむ中で、アップライトピアノは「手元と表情を同時に見せることが難しく、演奏者の魅力を十分に映し出しにくい」楽器だと感じていました。そこで鏡面仕上げのピアノブラックに目を留め、「この鏡面を本当の鏡として扱えないだろうか」と考えるようになります。演奏者の表情をより美しく映すために女優ライトを添え、ドレッサーのようなピアノという発想へ自然につながっていきました。
古いピアノや修復職人との出会いから、中古ピアノに新たな価値を宿す「リノベーションピアノ」を制作。部分的に施したピアノブラック塗装や、蓋を開けるとライトがふわりと灯る仕組み、血色感のあるピンクを差し色にした構成など、伝統と新しさの間を丁寧に探りました。
制作を通して技術の高さに触れられた一方で、その仕上がりの良さに、かえってリノベーションであることが伝わりにくい悩みも。それでも、この取り組みがどこか未来へ続いていくような、そんな手応えを感じています。
Designer: Shino Sakamoto/Yamaha Design Laboratory
Support: Yamaha Piano Service Co., Ltd.
SPARKLING
400個以上の独立して動く鏡を据えたピアノ。スポットライトを浴びて生まれた無数の光は、空間全体に行き渡り、その場にいる人全員を体験の内側へと巻き込みます。 自動演奏に呼応して光は揺らぎ、一瞬で消える流れ星のように現れては消えていく。
聴く人はその光を追いながら、次の音を待つでしょう。 視線と意識は音楽へと引き寄せられ、聴く行為はより深く、濃密なものへと変わっていきます。
キラキラ輝く光は理屈抜きで人の心を掴むもの。鏡のエッジは小さな宝石のようで、室内は満天の星空のようです。興奮を拡散する装置がミラーボールだとするならば、このピアノは内面へと意識を沈めるための装置。満ち足りた幸せな気分に浸ってください。
昔からピアノ奏者の指が踊るような動きに魅了され、もっと没入して夢中で弾きたくなるような仕掛けを持つピアノをつくりたいと感じていました。同時にライブ会場で見たミラーボールの無数の光の筋が高揚感を掻き立てる瞬間が忘れられず、その力をピアノに重ねられないかと考えるようになります。光を受けて初めて完成し、空間全体を巻き込むミラーボールの性質は、奏者と聴衆を一つの没入へ誘う装置として理想的でした。
そこから“ミラーボールピアノ”の実現方法を探り、研究開発の担当者と実験を重ねながら現在の仕組みに辿り着きました。プロジェクターやディスプレイではなく、あくまでアナログ感を残すことにこだわり、鏡を回転させて光を反射させる構造に落ち着いた点も大きな特徴です。
制作を通して見えてきた課題もありますが、グランドピアノの大屋根など、まだ試してみたい可能性が静かに広がっています。
Designer: Shino Sakamoto/Yamaha Design Laboratory
Engineer: Soichi Takigawa/Yamaha Research and Development Division
SEASONING
花を飾る行為の起源は古代文明まで遡ると言われ、植物は古来から装飾のモチーフであり美の規範でした。季節の旬を楽しむ文化も広く世界中に存在しています。
花や音楽は生活に美しいアクセントを加えますが、一方でその美しさは常に変化を続け終わりを迎えるもの。それは刹那的であるがゆえに尊く、絶え間ない変化の一点一点に私たちは異なる美しさを感じるのでしょう。
音楽という時間芸術を奏でる楽器は、そんな植物の美しさと完全にシンクロできるのかもしれません。
家電のデザインに長く携わってきた私にとって、楽器は特別な存在でした。時間とともに価値が薄れるのではなく、使い込むほど魅力が深まっていく――。その在り方に惹かれ、どう形にできるかを探り始めました。
ヤマハの拠点である浜松で暮らすようになり、子どもと歩く散歩道で落ち葉や花が自然と目に留まるようになりました。子どもの視点に引き戻されるように気づかされた、地面にある小さな自然物の美しさ。それこそが、今回の発想の源です。
制作においてこだわったのは、生花を使うことで“時間の流れ”をリアルに感じてもらうこと。ミラノでの展示に向け、現地で葉や花を一つずつ集め、それらと対話しながら作品を組み上げていきました。
さらに、あえて楽器の輪郭を忠実に描くことをやめ、最小限の線だけを残すことで、花と楽器の境界が溶け合う形を目指しています。線の流れを探るときに意識したのは「ひらがな」です。その心地よい流れから、今回の表現が生まれました。
Designer: Ryusuke Baba/Yamaha Design Laboratory
VEILING
管楽器や弦楽器、打楽器はその構造が見えるようになっている場合が多く、機能的な部品がそのまま装飾性を有しています。通常は露出している本体の一部分をあえて隠したら、どんな変化が起きるでしょうか。世阿弥の著書に「秘すれば花なり」という言葉があります。
また、イタリアにもvedo non vedo という言葉があるように、明瞭度を下げ、秘密めいた状態にする事でより魅惑的に見えるというのは人類共通の感覚なのでしょうか。
見えないからこそ想像力を刺激するのです。シンプルなカバーが装飾となることで、装飾的な楽器がシンプルであったことに気づくと、楽器の見え方が変わるかも知れません。
本作品は、あえてシンプルな半透明カバーという装飾を加えることで本来の装飾を隠しながら、結果として新たな「装飾性」を獲得する試みです。
工業製品において、これまでデザイナーは機構や電子回路といった技術的要素に美しい外装を与えてきました。伝統的な金管楽器に対して同じことを行うことで、私は逆にそれらの楽器が本来持つ「純粋な機能」としての美しさを浮かび上がらせ、機能と装飾の意味を問い直したかったのです。
最も重要な点は、演奏と調整が完全に可能であることです。演奏性を一切損なわないことで、外装は純粋な装飾となり、人生を彩る究極の装飾である音楽ともよく響き合います。この作品の着想はオートバイや鉄道から得ており、Yamaha Motor R&D Europeとの協働で製作されました。また展示期間中の著名な音楽家による美しい演奏が、この作品の有効性を証明してくれました。
Designer: Stefano Ivan Scarascia
HERRING
ヘリンボーンとは模様図案の名称です。V字が連続するパターン柄は床材や生地によく見られます。機能的でありながら美しいその柄はニシンの骨の形に似ていることからその名が付けられたそうです。またギターアンプやエフェクターに使用されているノブの中には、その形状からチキンヘッドと呼ばれるものがあります。
こうした印象的な名前が、その物体の魅力を引きたて、形態にさらなる価値やストーリーを加味することがあります。愛称というのは、装飾の一つかも知れないと言ったらおかしいでしょうか。
ここでは名称からそのルーツに思いを馳せました。図案化の過程を逆行した作品を、博物館の化石のように鑑賞することも面白いかもしれません。
ヘリンボーンのグリルとチキンヘッドのノブ。この作品では、名前が持つモチーフを起点に、それらを骨でありながら生き生きとしたデザインへと蘇らせています。ものの名前から装飾の可能性を探り、ギターアンプのポテンシャルを新たな方法で引き出す。これが数年前に決定したコンセプトです。
出展が決まり、外観の方向性を改めて検討し直しました。当初は原形のベージュを生かしたシンプルな構成を想定していましたが、製品の魅力をさらに高めるため、最終的にシルバーのワイルドな佇まいを選択。通常の製品開発では踏み込めない領域への挑戦です。ヘリンボーンとチキンヘッドの生々しい表情は、パーツとしての機能性を保ちながら表現することにもこだわりました。ヘリンボーンはグリルとしての開口率を、チキンヘッドはノブとしての見やすさを考慮しています。
Designer: Koji Notomi/Yamaha Design Laboratory
PAIRING
楽器は、奏者の呼吸や体温を受け取りながら、感情や思考、言葉では掬いきれない内側にある揺らぎを音に変えて表現します。また衣服やアクセサリーは、身体という最も身近な空間を自分色に彩る装飾であり、身につける人の価値観や感性を言葉以上にダイレクトに映し出します。
ペアリングとはワインと料理の組み合わせに代表されるように、互いの香りや味わいを引き立て合い、相乗効果を生み出す考え方。この互いを引き立て合うような関係性は、私たちが理想とする道具のあり方です。音と装いが互いを引き立て合い、楽器と身体がひとつの感性として響き合う関係をかたちにしています。
楽器が美しいと語られるとき、私は以前から、その美しさを支えている重要な要素のひとつが「キイ」ではないかと考えていました。もしキイそのものが美のエレメントであるならば、それは楽器から取り外されても成立するのではないか。そんな仮説を検証するため、キイを素材としたファッションアクセサリーを提案しました。
制作はすべて社内の職人によるものです。自分が求める形状を実現するために、管楽器の試作だけでなく、電子楽器の試作室にも協力を依頼しました。特に意識したのは、「手を加えすぎない」ことです。職人に委ねる部分、楽器プレーヤーの経験に委ねる部分、そして素材そのものを活かす部分を大切にし、文脈を再解釈しながら形にしていきました。
制作を通して、私は改めてキイの美しさを実感しました。これまで脇役だった存在を主役として捉え直すことで、キイが確かに「美のエレメント」であることを証明できたように感じています。また同時に、社内職人の高い技術力にも深く感銘を受けました。例えばパイプを曲げてリングへと成形する工程ひとつを取っても、高度な技術が宿っています。社内外を問わず、こうした手仕事ならではの価値は今後さらに需要が高まるのではないかと感じています。
Designer: Masato Fukuyama/Yamaha Design Laboratory
Afterword
プロジェクトを振り返って
本プロジェクトは「装飾」をテーマにしていますが、出発点にあったのは「デザインとは何か」という問いです。日々の仕事の中で、合理性を優先するほど個人の美意識が見えにくくなることに違和感があり、その点に改めて向き合いたいと考えました。
ここでいう「装飾」とは、いわゆる形や色の豊かさではありません。その人にしかない感覚や価値観や思想のことであり、何よりも「誰のものか」が感じられるかどうかを大切にしています。
ディレクションでは、形式やジャンルにとらわれず、それぞれが自分の内側にある感覚と向き合い、そこから生まれる表現を大切にしました。作品としての客観的な新しさや正しさを求めず、「まずその人自身の思考や感情から立ち上がっているか」を軸にしています。その結果、各作品がそれぞれ異なる方向性を持つことになりましたが、その多様性こそが今回のテーマを体現していると考えています。
進め方についても、最初から完成形を定めるのではなく、各自の「装飾」の解釈を共有し、対話を通じて少しずつ深めていきました。途中で生まれる違和感や発見を重視し、正しさよりも納得感を軸に進めています。
制作においても、その場の直感や偶然を柔軟に取り込みながら形にしていきました。すべてをコントロールするのではなく、プロセス自体を楽しみながら進めたことが、このプロジェクトらしさにつながっています。
展示では、作品ごとに異なる人が反応し、それぞれに違った引っかかりが生まれていました。そうした点も期待通りだったと言えます。
タイトルの「PARSLEY」も、あえて意味を限定せず、立ち止まるきっかけとして設定しました。作品は展示で完結するものではなく、今後の展開につながる可能性を持っています。合理性の中に埋もれがちな、個人から生まれる表現をどう社会に問うていくのか。その挑戦はこれからも続いていきます。
Art Director: Kazuki Kashiwase/Yamaha Design Laboratory














































