何を残し、何を変えるか?
Digital Flute
2007, 2025
Overview
「電子楽器のデザイン」とは
電子楽器は、技術的にはどんな形にでもなれます。形や構造が音そのものを生むアコースティック楽器と違い、発音のための必然性から解き放たれているからです。にもかかわらず、このデザインはフルート本来のキー配置を、あえてそのまま引き継いでいます。2007年に完成し、商品化されず約20年を眠ったプロトタイプ。このデザインには、「何を残し、何を変えるか」という、フルートと人の関係性についての最も根源的な問いが込められているのです。スケッチとさまざまな試作品、そして20年後のデザインのアップデートの記録から、その思考を読み解いてみます。

Works
必然について考える
アコースティック楽器であるフルートの形は、恣意的に決められたものではありません。管の長さ、孔の位置、唇のあたる角度——そのすべてが、空気を正しく振動させ、鳴らすという物理的必然から導かれています。その形は、発音の原理そのものなのです。
一方で電子楽器は、その必然から自由です。発音はセンサーとスイッチが担い、形と音のあいだの強い関係性はいったん断ち切られる。だからこそ、ひとつの問いが立ち上がります。原型となるアコースティック楽器があるとき、電子楽器は何を残し、何を変えるべきなのか。
「あえて変えない」という選択
フルートは、人間工学的にはむしろ不合理な楽器です。一直線の管を水平に保つ姿勢は身体に負担を強いられ、最も外側のキーを担うのは、指のなかで最も短い小指です。エレガントに見えるその構えは、実のところ相応の筋力と持久力を要求するのです。
初めてフルートに触れ、演奏姿勢を体験したデザイナーも、その辛さを感じました。
電子楽器であるデジタルフルートなら、キーの位置も形状も、身体に合わせて「弾きやすく」再設計することは可能でした。技術的な障壁はそれほどありません。それでも、デザイナーはその最適化を選びませんでした。それはなぜか?
演奏者がフルートを水平に構えた時の、その凛とした美しさ。
そして困難さを微塵も感じさせずに美しく演奏すること。
そういった美意識を、フルートという楽器が持つ唯一無二の魅力であるとデザイナーは考えたからです。
ある楽器を刷新するときに、何を変え、何を残すか——その線引きにこそ、デザイナーの美意識と判断力が問われます。「原型となるアコースティック楽器があるとき、電子楽器はどうデザインされるべきか」という問いへの、このプロトタイプは一つの解答なのです。
Process
機能に秩序を見出す作業
キー配置をアコースティックフルートと完全に一致させた結果として、キーとキーの間隔は一定にならず、微妙に揺らいでいました。そのまま作れば、キーを支えるアームの幅もピッチも不揃いに見えてしまいます。デザイナーは、3種類の幅のアームを使い分けることで、音の法則と人の身体特性が生み出した複雑な関係性を、視覚的な端正さへと整え直しました。本人はそれを「パズルを解くような、繊細で——難しく、楽しい作業」と振り返ります。
唄口の機構も、同じ思想に基づいてデザインされています。当初案では頭部管にあたる上部全体が回転する設計でしたが、フルートらしい “一直線に伸びた端正さ” を守るため、唄口だけが回転する方式へと改められました。細部の一つひとつが、全体の佇まいを見つめる美意識によって統一されているのです。
構造まで考慮してデザインする
このプロジェクトの初期段階では、専任の外装・機構設計者はいませんでした。そこでデザイナーは、過去のウインドMIDIコントローラー「WX7」などを分解して構造を学びながら、自らキーの機構まで含めてデザインしました。
結果として、このデザインは外観だけのモックアップではありません。実際の基板とセンサーが収まる寸法と形状を備えた、現実的なプロポーションになっています。スタイリングとエンジニアリングを区別しない——その姿勢が、造形の説得力を支えています。
「形=音」であり「形=演奏性」であるアコースティック楽器を電子楽器に置き替える際に、その構造まで理解してデザインを行う。この姿勢は、楽器のデザイナーとしての一つのあるべき姿を示しています。
20年後に、プロトタイプと再会する
残念ながら当時の開発は中止されましたが、約20年を経て、一度も公開されたことのないプロトタイプであることを条件にした「Industrial Romanticism」展に出展するために再び光が当たります。
久しぶりにこのプロトタイプに再会したデザイナーは、長く気にかかっていた点に手を入れました。平板だった上面を薄く張った曲面にし、両端パーツも金属で揃えることでよりフルートらしさの感じられるのびやかな佇まいへ。そして同様に黒い樹脂だった唄口を金属調のミラー仕上げにすることで、実際のフルートに近い感覚を再現、人が触れるタッチポイントを全てフルートと同様の金属質感に統一しました。また電子楽器に多く用いられていたブランドロゴの表現方法を、より管楽器らしいスタイルへ。完成から長い時間を経てデザインをアップデートするのは、ヤマハデザインにおいても前例のない試みでした。
デザインは、完成したと同時に永遠にデザイナーの手を離れるとは限りません。デザイナーが、長い時を跨いで再びそのデザインに取り組み、アップデートを行った——このプロトタイプは、そんな稀有な事例になりました。
何を残し、何を変えるか
デザインとは、「何を残し、何を変えるか」という問いへの挑戦です。
効率化が常に善とは限らず、一見不便に見えるものが美意識の一部であることもあります。感性を大切にする楽器のデザインでは、その線引きはとりわけ難しいものです。
——あなたなら、この問いにどう挑むでしょうか。
Designer: Toshihide Suzuki/Yamaha Design Laboratory



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