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Troy Laureta
音楽監督、ミュージシャン、プロデューサー
不協和音を打ち破り、調和の世界へ
Troy Laureta : 自分のアイデンティティに自信を持ち、アーティストとして頭角を現す
文 / Lisa Battles
ヤマハ・アーティストのTroy Lauretaは、高く評価され、人気のある音楽演出家になりつつある一方で、誰にも聞こえない不協和音を克服してきました。
「フィリピン人は音楽業界では成功しない」
「個性を抑えて調和を図れ」
「ずっと失望し続けている」
批判の声は、この上なく不適切で調和がなく、さらには、これらの一部は彼自身が発するものでした。
しかし、2008年にMusicians Instituteを卒業してすぐ、Lauretaは世界中を旅し、Ariana GrandeやAndrea Bocelli、Stevie Wonderといった著名人たちと仕事をしていました。その頃に著名な音楽プロデューサーであり、作曲家のDavid Fosterというメンターに出会ったのです。
舞台の設定
「ノイズを消し、経験に基づいて新しいことに挑戦すれば、人生最高の時が待っています」
2023年10月にリリースされた『Dalamhati』で、Lauretaはついに自身の心の中にあったサウンドトラックからノイズを取り除きました。このアルバムは、オリジナル・フィリピン・ミュージック、通称OPMを称える3作目の自身のシリーズであり、最終作になります。最初の2枚は、それぞれLauretaが友情と自己愛を探求したものでした。3作目では、自身の内面にあった不協和音を打ち破り、自分の民族性やセクシュアリティへの誇り、うつ病からの回復力など、長い間抑圧してきた自分の人格の豊かな層を表現しました。
また、このアルバムでLauretaは注目を集め、ソロ・アーティストとして果敢にも裏方から表舞台に出て活躍するようになりました。アルバムの成功により、自身が子供時代に感じた演奏する喜びと、音楽の人生を追求する原動力を再び見出すことができたのです。
6月14日、ラスベガスでのヘッドライナー公演を皮切りに、初の大規模なソロ公演を行うLauretaは、この瞬間を迎えるに至った道のりを振り返り、それが他の人々にインスピレーションを与えることを願っています。フィリピン系アメリカ人のゲイのミュージシャンであるという自身のアイデンティティに誇りを持ち、これまでで最も豊かなアレンジで前進しようとしているのです。
楽曲の構築
Lauretaが8歳、妹が6歳のとき、生まれ故郷のハワイで一緒に音楽活動を始めました。2人で歌い、Lauretaはピアノを弾き、「あらゆる結婚式、さまざまな形の葬儀、キンセアニェーラ(女性の15歳の誕生日を祝う儀式)などで聴衆を楽しませました」と彼は回想しました。
Lauretaは音楽一家に生まれたものの、職業として音楽を追求することは普通ではありませんでした。Musicians Instituteで学ぶためにロサンゼルスに移住することを両親に認めてもらうには、かなりの説得が必要だったとLauretaは言います。しかし、最終的に彼と妹はそれを実現したのです。アーティストとしての足場を固めるのに苦労しながらも、Lauretaは自分の音楽の才能と天賦の才を生かせる他の道について学校で学んでいました。
「『子供の頃』から音楽演出の活動が大好きでした!でも、当時はそれが好きだという認識はありませんでした。バンドを組んだり、ショーのアレンジをするのが本当に『楽しかった頃』です。私はそういった活動に情熱が持てるのです」
「ロスに来てから、より多くの情報を得て、教育をたくさん受けたことで、多数のオーディションに合格できました。最初に受けた大きなオーディションのひとつが、David Fosterのものでした。かの有名な、伝説のDavid Fosterは、音楽における私のメンターの一人です。彼は、音楽演出だけでなく、ミュージシャンやプロデューサーになるために必要なことをたくさん教えてくれました」とLauretaは続けます。
Fosterとの仕事は雪だるま式に効果を生み、やがてLauretaは、GrandeからBocelliまで、多様なアーティストの音楽演出を務めるようになりました。「世界中から集まったさまざまな人たちと、色々なジャンルの演出をすることは、私の誇りであり、そうなれるために本当に努力してきました」とLauretaは語ります。
内面のオーケストレーション
そして、2020年に、Lauretaにとって「きっかけとなり、目が覚める」出来事がありました。
「あの時は本当に悲しく、深く落ち込みました。ショーが行われず、音楽的に自分を表現できる場は限られていました。自分のやりたいことを見直し、考え直し、ブランドを再構築する必要に迫られました」
そのような考え方から、彼はOPMコレクティブの最初のレコーディング作品である『Kaibigan』の構想を練りました。このアルバムは、Lauretaが人生で最も愛する2つの側面、友情(アルバム名の『Kaibigan』は「友人」の意味)と、フィリピンの名曲がどんなに辛い時でも彼に与えてくれた安らぎを対にしています。Lauretaは多くの友人や同僚にこのプロジェクトでのコラボレーションを呼びかけ、彼らは皆「やりましょう」と答えました。
『Kaibigan』はフィリピンをはじめアジア各地でチャートインしました。その結果、Lauretaは第2作、第3作の制作を行うことになり、第2作のタイトルは「愛」を意味する『Giliw』、そして、最終的に第3作のタイトルは「悲しみ」を意味する『Dalamhati』となりました。その焦点は悲しみそのものにあるのではなく、悲しみを乗り越えてこそ得られる素晴らしいことです、とLauretaは説明します。そして、この3枚目のアルバムで、彼は自分がゲイであることを公言し、それを祝福しました。
「私は大人になってからの人生のほとんどを殻に閉じこもって過ごしていたので、フィリピン音楽と自分の経験を使って、それを祝福できるようになったことは、私にとって大成功ではないかと思います」
「私は大人になってからの人生のほとんどを殻に閉じこもって過ごしていたので、フィリピン音楽と自分の経験を使って、それを祝福できるようになったことは、私にとって大成功ではないかと思います」とLauretaは話します。「フィリピン系アメリカ人のゲイ・ミュージシャンであることを誇りに思い、自分自身が音楽的に自由になり、フィリピン人として受け継いだアイデンティティを祝福できるようになったことは、おそらく人生で最高の瞬間でした。そこに辿り着くまでには時間がかかりました」
新しいことへの挑戦
3枚のアルバムの制作中、Lauretaは音楽演出の能力を楽曲の内面に向けました。素晴らしいバンドを作ったり、舞台演出を行ったりするのではなく、彼は自分自身の一部をアレンジしたのです。彼の深い自己発見により、自分の感情の幅、能力、音色をより深く知ることになりました。そして最後のアルバムで、よりバランスの取れた、調和のとれた、完全な状態となったのです。
言い換えると、彼は16年間他のアーティストのサポートをしてきた経験を、ついに自分自身のために成し遂げたのです。そして今、彼は自分が目指すアーティストになる準備を整えています。実践的なアドバイスに従うことは、プロデューサーとして高い評価を得るのに役立った一方で、パフォーマーとして活躍することは、彼のアイデンティティを完全に実現するための最後のピースなのです。
「プロデュースするのは大好きですが、私はパフォーマーとしてステージで生きているのです」とLauretaは話します。そして、そのステージからなら、かつて聞こえたような否定的な声も聞こえないでしょう。「何をするにも、特に芸術には逆境がつきものです。でも、Queen Bey(Beyoncéの愛称)が『最高の見返り』は成功して祝福することだと言っていたように、最大の見返りとは成果を出すことなのです。ノイズを消して、自分の経験を信じて新しいことに挑戦すれば、人生最高の時が待っています」
詳しくは、Troy LauretaのInstagramページとYouTubeチャンネルをご覧ください。
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