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音楽ライター記事

ライター:山崎│配信日:2014年2月6日│配信テーマ:洋楽  

ホークウィンド・インタビュー【前編】/デイヴ・ブロックが語る、幻の来日公演とアルバム『スペースホークス』


 スペース・ロックの覇者・ホークウィンドは1969年に英国ロンドンで結成、常に音楽シーンの最前線を突き進んできたバンドだ。その孤高のサウンドはサイケデリック、プログレッシヴ、ヘヴィ・メタル、パンク、トランスなど、あらゆるジャンルと時代を超越して偏在。『宇宙の探求』(1971)やライヴ盤『宇宙の祭典』(1973)などは、畏怖の対象ですらある名盤だ。

 2013年10月にはアルバム『スペースホークス』を発表、健在ぶりを見せつけたホークウィンド。オリジナル・メンバー、デイヴ・ブロックが、本サイトのためにインタビューに応じてくれた。前後編に分けて、彼の談話を掲載したい。

 まずは最新作『スペースホークス』、そして東日本大震災の余波で中止となった2011年4月の来日公演について語ってもらおう。


●『スペースホークス』は新曲と既発曲のリメイク、リミックスが混在する変則的アルバムですが、どのような意図で作られたのですか?

 元々はアメリカ市場をターゲットにしたアルバムだったんだ。2013年10月にアメリカ・ツアーを行うにあたって、作品を出しておきたかった。それで新曲に加えて、アメリカで発売されなかった前作『オンワード』(2012)からの曲や、過去のアルバムからのリメイクも収録する『スペースホークス』を出したんだ。でも、そのツアー前に私が体調を崩してしまって、アメリカ・ツアーは中止になった。というよりも、精神的なストレスによるものだったんだ。

●報道によると、元メンバーのニック・ターナーが”ニック・ターナーズ・ホークウィンド”を名乗ることが法的に出来るようになってしまったのがストレスの原因だったとか…。

 うん、まあ、大体合っているよ。アメリカの裁判所でそういう判決が出たんで、かなりガッカリしてね。ニックは大昔、一時期バンドにいただけで、ホークウィンドを名乗る権利などないのに、そんなデタラメがまかり通ってしまうのは酷い話だ。今はなんとか、精神的に立ち直っているよ。ただアメリカのファンには申し訳ないけど、ちょっと悪い思い出になってしまった。今はアメリカより日本に行きたい心境だ!

●ニックがホークウィンドを名乗って日本に来たことはありますが(1996年3月)、”本物の”ホークウィンドは来たことがないので、ぜひ日本でライヴをやって下さい。

 うん、日本公演が中止になったのは残念だった。ビザも取得して、オーストラリアから日本に行く予定だったんだ。でも地震(東日本大震災)のせいで、キャンセルしなければならなかったんだ。我々はニュースを通じてしか日本の事情が判らないし、プロモーターの指示に従うしかなかった。それ以来、日本公演の話は立ち消えになってしまったけど、ぜひまた交渉を再開して、日本でプレイしたい。

●ホークウィンドの作品はスタジオ新曲と再録曲、ライヴ音源、リミックスなどが混在することがあって、どれを”公式アルバム”、どれを”コンピレーション”と見なすか難しかったりしますが、あなたにとって『スペースホークス』はどちらでしょうか?

 正直、自分の中で両者を区別していないんだ。『スペースホークス』は1時間以上あるし、新曲も6曲収録されている。最近リイシューされた『絶体絶命』(1975)はアメリカでは再発されなかったけど、アメリカでのライヴでは演奏するつもりだったから、「襲撃、砲門の嵐」と「炸裂する空間」、そして「ザ・ディメンティッド・マン」を再レコーディングしている。前作『オンワード』や前々作『ブラッド・オブ・ジ・アース』(2010)収録曲のリミックスもあるけど、ひとつの流れがあるし、”コンピレーション”よりも”アルバム”に近いんじゃないかな。

●『絶体絶命』からの楽曲のリメイクは、オリジナルとどう異なるでしょうか?

 曲の構成自体は、あまり変わらない。ただ演奏するミュージシャンが異なれば、ソロも違うし、曲のムードも異なったものになる、昔の曲であっても、そのおかげで新鮮なスリルを保ち続けることが出来るんだ。

●『スペースホークス』と『オンワード』はどちらも1曲目に「シーズンズ」が収録されていますが、どのような意図があったのでしょうか?

「シーズンズ」はアルバムのオープニング向きの、とても気に入っている曲だ。アメリカのファンにも聴いてもらいたくて、『スペースホークス』にも収録したんだ。新しいヴァージョンの方が気に入っているよ。『オンワード』の方はミックスが酷くて、高音域と低音域が潰れていた。ミックスの現場に、メンバーが誰もいなかったのがまずかったんだ。それでナイアル・ホーンのギター・トラックを外して、新しいギターを私が弾いた。気に入っているのは、それが理由かも知れない(笑)。

●初期の名曲「マスター・オブ・ザ・ユニヴァース」をリメイクしたのは?

 このテイクは、ヒュー・ロイド・ラングトンがプレイした最後の音源だった(2012年12月6日に逝去)。彼は9月にスタジオに来て4、5曲でギターを弾いてくれたんだけど、この曲が一番出来が良かったんだ。ヒューは素晴らしいギタリストだったし、長年の友人だった。このアルバムで彼へのトリビュートを捧げたかったんだ。このヴァージョンは中盤にスポークン・ワードのパートがある。「マスター・オブ・ザ・ユニヴァース」はライヴだと長いインストゥルメンタル・ジャムに突入するけど、その中にスポークン・ワードがあると、いい気分転換になって曲がビシッと締まると思う。Mr.ディブスがエレクトリック・チェロを挿入していることも、この曲を刺激的にしている。

●ヒューは4、5曲でギターを弾いたそうですが、「マスター・オブ・ザ・ユニヴァース」以外の曲が今後、世に出ることはあるでしょうか?

 どうだろうね…もうそばにいない友人のプレイを聴き返すのは辛いものなんだ。キーボード奏者だったジェイソン・スチュアートが亡くなったときも、彼がいた頃のテープを聴くのは精神的にきつかった。いつかヒューがいた頃の音源をもう一度聴き直すこともあるかも知れないけど、今はその時ではないよ。

●これまで「ソニック・アタック」はライヴの名盤『宇宙の祭典』(1973)を筆頭に、何度もレコーディングされてきましたが、『スペースホークス』収録のヴァージョンはどう異なるといえるでしょうか?

 このアルバムでは当初、ウィリアム・シャトナーのナレーションを入れるつもりだったんだ。『スター・トレック』のカーク船長だよ。ただ、アメリカの某レコード会社が「ウィリアムの声は自分たちが権利を持つ」と言い出してね。彼らは使用料目当てだったと思うけど、我々には裁判をやる時間も金もなかったんで、私とディブスが代役でナレーションをやった。2月には中国における動物虐待に反対するベネフィット・コンサートを行うんだけど、そこではブライアン・ブレスドがナレーションをやることが決まっている。彼はイギリスのシェークスピア俳優で、映画『フラッシュ・ゴードン』(1980)でホークマンを演じている人だ。

●「ウィ・トゥック・ザ・ロング・ステップ」は、あなたのソロ・アルバム『ルッキング・フォー・ラヴ・イン・ザ・ロスト・ランド・オブ・ドリームズ』(2012)にも収録されていますが、同じテイクですか?

 その通りだ。『スペースホークス』はロックだけでなく、良いアコースティック・ナンバーを1、2曲入れたかったんだ。「ウィ・トゥック・ザ・ロング・ステップ」はもっと注目を得てもいい曲だと思ったし、アメリカ市場向けに収録することにした。さらに『絶体絶命』からの「ザ・ディメンティッド・マン」のアコースティック・ヴァージョンも録音した。ホークウィンドのアルバムは必ずしもコンセプトやストーリーがある必要はないけど、常にひとつの流れと起伏があるんだ。だからアルバムの中盤にアコースティック・ナンバーがあると効果的なんだよ。

●『スペースホークス』用にレコーディングしたホークウィンドの既発曲で、結局使わなかったものはありましたか?

「タイム・ウィ・レフト・ディス・ワールド・トゥデイ」(オリジナルは『ドレミファソラシド』(1972)収録)、それから「アーバン・ゲリラ」(シングル曲・1973)をレコーディングした。アルバムに収録する時間がなかったけど、いずれ何らかの形で発表するかも知れないよ。

●プライマル・スクリームがカヴァーした「アーバン・ゲリラ」は聴きましたか?

 うん、聴いたよ。なかなか面白いヴァージョンだったと思う。彼らはホークウィンド・ファンなんだ。『Mojo』アワード授賞式だったかな、自己紹介されたよ。いい若者たちだ。

●アルバムに収録されている新曲では、「ウィ・トゥ・アー・ワン」のリフがストゥージズの「アイ・ワナ・ビー・ユア・ドッグ」を思わせるヘヴィなものですね。

 この曲はヘヴィなリフの、トラディショナルなホークウィンド・ソングだ。『オンワード』を作っているときに書いた曲で、ディブスが歌詞と、エレクトリック・チェロのパートを書いている。

●同じく新曲の「サクロサンクト」はトランスとノイズ・ミュージックが交錯するナンバーですが、どのようにして書いたのですか?

「サクロサンクト」は私とナイアル、それからドラマーのリチャード・チャドウィックで書いた曲だ。スタジオで3人でリズム・マシンのスイッチを入れて、それに合わせてジャムをやって仕上げたんだ。1990年代によくやっていたタイプの曲だね。あの頃は”セカンド・サマー・オブ・ラヴ”という表現で、レイヴやトランスが流行っていて、私たちも刺激を受けてきた。フリー・フェスティバルに出演することも多かったしね。1990年代のホークウィンドは 私とリチャード・チャドウィック、それからアラン・デイヴィのトリオ 編成だったから、ライヴがかなり大変だったのを覚えているよ。私とアランがギターとベースを弾きながらシンセやシーケンサーの操作もしなければならなかったんだ。


 次回、後編ではホークウィンドの45年におよぶ歴史を彩ってきた、さまざまな事件についてデイヴが証言する。




2014年2月 6日音楽ジャーナリスト&ライターの眼(1版)掲載 執筆記者:山崎智之

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