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音楽ライター記事

ライター:山崎│配信日:2012年12月13日│配信テーマ:洋楽  

ジンジャー・ベイカー・インタビュー/クリームからジャズまで、世界有数の名ドラマーが放ち続ける殺気


 Mr.ベイカーに気をつけろ。

 ジンジャー・ベイカーの人生とドラマーとしてのキャリアを追ったドキュメンタリー映画のタイトルは、『Beware Of Mr. Baker』(日本未公開)。クリームやブラインド・フェイスでの活動で知られ、現在でも世界有数のトップ・ドラマーとして活躍を続ける彼は同時に、頑固で偏屈、そして危険な人物としても有名だ。映画の予告編には、いきなりカメラマンが殴打されるシーンが含まれているし、彼の自伝『Hellraiser』での全方位に向けて吐き散らす毒は、潔いほどである。

 そのジンジャーが自らのバンド、ジンジャー・ベイカー・ジャズ・コンフュージョンを率いて2012年11月、コットンクラブで久々の来日公演を行った。楽屋に通されて、その場にいるのはソファに寝転がった73歳の老人。だが、全身から漂う殺気と威圧感は、筆者をたじろがせるのに十分なものだ。そしてインタビューが始まった。


●あなたはキャリアを通じてジャズのリズムとアフリカン・ビートの融合を図ってきましたが、ジャズ・コンフュージョンではどのようなアプローチをとっていますか?

プレイヤーが異なれば、演奏も異なる。それだけだ。……コーヒーをくれ。

●初めてアフリカ音楽に触れたのは1960年、フィル・シーメンを通じてだそうですが……。

俺の本は読んだんだろ?

●……はい。

それまでアフリカ音楽は聴いたことがなかった。 明かりが点いた。扉が開いたんだ。

●その時、アフリカのどんなミュージシャン、どんなレコードに最も感銘を受けましたか?

ほとんどのレコードに演奏者は書いてなかった。”アフリカ音楽集”とかだった。

●フェラ・クティと1971年、ライヴ共演アルバムを発表していますが、彼とはいつ、どのようにして出会ったのですか?

1960年代の初め、ロンドンのフラミンゴ・クラブのオールナイト・ジャムだった。フェラはトランペットを吹いたんだ。それで友達になった。彼に会いに行って、ナイジェリアに恋に落ちた。

●前回、日本を訪れたのは1992年8月、ビル・ラズウェルのマテリアルの一員としてでしたが、何か思い出はありますか?

……昔の話だ。覚えていない。

●ビルと知り合ったのは、PIL『アルバム』(1986)レコーディングの時ですか?

そうだ。俺がイタリアに住んでいるのを、探し当ててきた。彼とは2、3枚のアルバムを同時に作ったのを覚えている。

●ジョン・ライドンとはレコーディング時に交流しましたか?

ドラムスを録ったときは、俺一人だった。彼とは会ったけど、特に親しくはない。

●あなたが在籍したクリームは……

俺はクリームに”在籍した”んじゃない。クリームは俺のバンドだった。

●……すみません。1970年代のパンク・バンド達はクリームを……

クリームはパンク・バンドではないぞ。

●はい、知っています。……1970年代のパンク・バンド達はクリームなど、ベテラン・バンドを目の敵にしていましたが……

パンクは嫌いだった。

●……そのわりにあなたと共演を希望するパンク・ミュージシャンがいますね。ジョン・ライドンもそうだし、1990年代にあなたが加入したマスターズ・オブ・リアリティにはダニエル・レイもいたし。

誰だそれは?

●ラモーンズなどをプロデュースした……

知らん。マスターズ・オブ・リアリティは全然パンク・バンドではなかった。クリス・ゴスはミュージシャンで、パンクではなかった。

●2009年11月4日、ロンドンのジャズ・カフェで行われた70歳記念ライヴにはクリスも出演しましたが、彼とは連絡を取り合っているのですか?

何度か話した程度だ。あれは俺の娘がアレンジしたんだ。マスターズ・オブ・リアリティで作ったアルバム(『サンライズ・オン・ザ・サファーバス』/1992年)は良いアルバムだった。

●マスターズ・オブ・リアリティにはサイケデリック色もありましたが……

そうか?

●『サンライズ・オン・ザ・サファーバス』よりも、あなたが加入する以前の『ブルー・ガーデン』(1989)がサイケ色があったかも知れません。このアルバムは聴きましたか?

俺は音楽は聴かん。

●一切聴かないのですか?

まったく聴かん。俺にCDをくれる人間もいるが、聴いたことがない。

●アナログ盤だったら聴きますか?

俺は音楽を演奏する。聴くのではない。

●BBM『白昼夢』(1994)のジャケットに使われた、あなたが翼を生やしてタバコを吸っている写真は、自伝『Hellraiser』の表紙にも使われましたが、お気に入りなのですか?

いや、嫌いだ。あの写真を表紙に使ったのも気に入らない。もうひとつ、あの本で俺がやたらと”ファック”という言葉を繰り返しているも気に入らない。あの本は自伝ではなく、俺の娘が書いたんだ。

●BBMの音楽を振り返ると……

すべてが嘘臭かった。クリームをうわべだけ再現しようとしていたし、ゲイリー・ムーアは毎晩同じソロを弾いていた。エリック・クラプトンとは違った。エリックは同じプレイを同じように弾くことはなかった。

●あなたがグレアム・ボンド・オーガニゼーションやジンジャー・ベイカーズ・エアフォースで共演したグレアム・ボンドは晩年、黒魔術に傾倒して1974年に自殺しますが、彼と黒魔術について話すことはありましたか?

いや、なかった。

●どうも有り難うございました。また近い将来、日本でプレイして下さい。

おそらくこれが最後だ。俺は老人だし、身体も悪い。

●お身体が悪いようには見えませんよ!

お前には何も判っとらん。もういい、俺は休む。


「体調が悪い」と繰り返していたジンジャーだが、ステージに上がり、ドラム・キットを前にすると表情が一変。緩急自在、刺激と迫力に満ちたドラム・プレイを披露してくれた。彼が”俺のボディガード”と呼ぶパーカッション奏者アバス・ドゥドゥー、ジェイムズ・ブラウンやヴァン・モリスンとの活動で知られるサックス奏者ピーウィー・エリス、ブリティッシュ・ジャズ・シーンで活躍するベーシスト、アレック・ダンクワースとのスリリングなインタープレイを目撃して、観客は手に汗を握りっぱなしだった。

 50年を超えるキャリアを経て、切っ先の鋭いドラミングが聴く者の胸を貫く。”Mr.ベイカーに気をつけろ”は、彼のプレイに耳を傾ける者すべてに向けられた警告なのだ。


●Special thanks: コットンクラブジャパン

2012年12月13日音楽ジャーナリスト&ライターの眼(1版)掲載 執筆記者:山崎智之

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