独立社外取締役対談

[ 画像 ] 独立社外取締役対談

議論を通じた真のトランスフォーメーションで、持続的な価値創造を目指す

2021年6月に開催された株主総会において、新たな独立社外取締役に加わった篠原弘道氏と吉澤尚子氏。就任から1年が経過した2022年6月、ガバナンスの現状への評価やヤマハへの期待についてうかがいました。

取締役ご就任後、ヤマハに関する新たな発見や、認識を改めたことがありましたか。

吉澤:音を徹底的に追求する姿勢とそれを支える技術力には、改めて感銘を受けました。ピアノと管楽器の工場見学の際に、生産現場に立つ従業員の皆さんの音へのこだわりと技術力を実感しました。その場で、従業員の方が自分で作った楽器で演奏を披露してくれたのですが、その音色にも本当に感動しました。

篠原:モノづくりに真摯に向かい合う、真面目な企業ですね。芸術や感性に関わる製品を作っている企業とあって、取締役就任前は「感覚的な議論やちょっと突飛な発想があるかもしれない」と思っていたのですが、実際にはとても論理的に事業を進めていることが分かりました。

私が長く関わってきた情報通信の分野とは大きく異なる部分があることも感じています。例えば、情報通信がお客さまに提供する価値は効率性や利便性ですが、当社の場合はそれが喜びや楽しさ、感動です。ですから、目標や指標の作り方がまったく異なるわけです。

吉澤:技術の先に「楽しさ」というお客さまに提供する価値がはっきりと見えているところは、当社の素晴らしい特長ですね。技術開発自体を事業とするテクノロジー企業で技術者としてのキャリアを積んだ私自身の経験を振り返ってみても、開発した技術の出口があるという点が決定的に違っていて、少しうらやましく感じます。

過去1年間の活動を踏まえ、取締役会による監督の現状、実効性をどのように評価していますか。

吉澤:リスクマネジメント、サステナビリティなど特定テーマを検討する全社委員会が設置され、ガバナンスの仕組みがきちんと整備されています。何より、当社の経営陣にはコーポレートガバナンスを通じて会社を良くしようという強いコミットメントがあります。新中期経営計画の策定に関する議論にもそれは表れていました。計画の方針とテーマについては相当時間をかけて議論しましたし、特にマテリアリティの設定とその表現方法を検討した際には、当社の優先課題とその背景にある経営の意思をどうやって外部のステークホルダーに伝えるか、取締役会でもさまざまな意見が出ました。

篠原:多様な意見が出るのも多様なバックグラウンドを持つ取締役がそれぞれの専門性や経験を生かして監督しているからこそでしょう。当社の取締役会のメンバー構成はバランスが取れている。強いていえば、女性が増えるともっといいでしょうが。それから、当社の事業と将来ビジョンに鑑みて、今後の持続的な発展のために取締役会としてどういったスキルセットが必要か、一度考えてみるのもいいかもしれません。今は多くの企業が取締役のスキル・マトリックスを開示していますが、そのほとんどが、法務、財務、研究開発など「スタンダード」なスキルしか示していません。本来は、業種や企業の発展のステージによって、必要となるスキルセットが変わるはずです。

吉澤:当社にとってどういう多様性が一番望ましいのかということは、改めて議論すべきですね。現在の取締役会は民間企業出身者のみで構成されていますから、例えば官公庁・自治体でキャリアを積んだ方が入ると、まったく違う視点が得られるといった可能性もあると思います。

篠原:実効性をより強化するためには「深い議論」が必要だという前提で課題をあえて挙げると、取締役会で十分に議論を尽くすべき議題と、皆が合意して承認すればよい議題のメリハリがもっとあっていいと私は思います。議題によっては、フォーマルな取締役会1回だけでは議論が足りないかもしれない。そういう場合は次回取締役会で討議を継続したり、別途意見交換する場を設けたりというフレキシビリティがあってもいいと思います。

吉澤:取締役会では今、全ての事業本部や委員会の取り組みを網羅的に検討・モニタリングしていますが、時間的な制約がある中で網羅性が強く出すぎると、本来掘り下げるべき議論の本質が埋もれてしまう懸念があるのは確かですね。

篠原:一点、取締役会に先立って事前に配布される資料についても注文があります。私たち社外取締役は、議題の内容について可能な限り資料を読み込み、事前に勉強してから取締役会に臨みます。ただ、社内取締役よりも当社に対する理解が限られる社外取締役からすると、もらった資料だけではどうしても分からないところがある。資料にもう一工夫あると理解が進み、議論がさらに深まるはずです。

吉澤:議題の中身の説明だけでなく、現状に至るまでにどのような経緯があったのか、その過程でどのような選択肢が検討され、どのような異論や代案が出たのか、ぜひ知りたいと私も思います。背景やプロセスが分かれば、私たち社外取締役にも新たな気づきがあるはずです。

[ 画像 ] 篠原 弘道

当社には、ウェルビーイングをはじめ時代が求める新しい価値観を提供する力があると私は信じています。

篠原 弘道

指名委員会、報酬委員会、監査委員会の活動についても教えてください。

篠原:指名・報酬両委員会のメンバーになってまだ1年ですが、指名委員会では後継者計画、報酬委員会では報酬設計にどのように業績を連動させるべきかを中心に議論しています。後継者計画については、指名プロセスの整備も重要ではありますが、人を育成するにはやはり時間がかかりますから、将来のリーダーの育成という観点で議論と準備をしておくことが大切だと考えています。

吉澤:当社はサステナビリティを価値の源泉にする経営を打ち出していますから、サステナビリティをいかに価値に変えて成長していくか、そういう考え方ができる人材を育てていくことも必要ですね。

篠原:報酬についても、財務目標の達成度のみを評価するのではなく、サステナビリティを価値の源泉に据えた経営を反映すべきではないかという議論をしました。結果として、新中期経営計画のスタートを機に、マテリアリティとその進捗を表す非財務目標の達成度を評価指標として追加することが決まりました。

吉澤:監査委員会は、グループ全体を見渡す役割を担っていますから、例えば、子会社が個別にガバナンス強化を進めているような状況に対して、ベストプラクティスを横展開することで、より効率的かつ有効なマネジメントの仕組みを作りましょうといった指摘をしています。業務が適切に行われているのかを監査することは、経営上の課題や業務の現場の悩みの根本にある問題を明らかにして解決方法を見出すことです。ここでカギを握るのが情報で、監査役員、監査委員会室、内部監査部門から幅広くかつ膨大な情報を得て、現場の視察もした上で、課題を議論しています。特に監査役員とは、それこそ資料を読んだだけでは分からないことについてたくさん質問してたくさんの回答を得る、という密なコミュニケーションを取っています。

[ 画像 ] 吉澤 尚子

技術の先に「楽しさ」というお客さまに提供する価値がはっきりと見えているところは、当社の素晴らしい特長です。

吉澤 尚子

ご専門分野であるデジタル技術、DXという観点でヤマハの現在をどう評価していますか。

吉澤:DXのD、デジタル技術、中でもAIについては、すでに高い技術力と多くの蓄積があります。それ故にそこから出発してDXのX、トランスフォーメーションが後回しにならないように、当社がどのような価値創出を目指すべきかについての議論がこれからもっと必要ではないかと考えています。当社は、世界中の人々に音楽、楽器を届けたい、豊かなくらしを届けたい、ということがはっきりしているわけですから、それを実現するために技術をどう活用するかを検討すればいいのです。

篠原:同感です。当社はこれまで顧客情報基盤やサプライチェーンマネジメントシステムなど、データ連携機能をしっかり築き上げてきて、これからその中にあるデータをいかに活用していくか、という段階まで進んでいます。ただし気を付けなくてはならないのが、「このデータを使うと何ができるのだろうか」と、データ活用を目的にしてしまうことです。本来はやりたいことがまずあり、それを実現するためにはどういったデータが必要か、そのためには誰と連携すべきかを考える、というロジックで進めるべきです。

吉澤:「やりたいこと」の良い例だと思うのが、当社が現在世界40以上の国と地域で展開している音楽教室です。今から約70年前に、当時は主に富裕層のものだった楽器を演奏する楽しみを一般の人々にも広げたいと始めた音楽教室は、まさにトランスフォーメーションであり、それが今の当社の企業価値につながっていると私は思います。こうした歴史を持つ企業である当社には、DXを成功させる素地があるはずです。

新中期経営計画に関して、取締役会では今後どのような議論が必要だとお考えですか。

篠原:従来の製品群については、事業環境の変化があっても競争力を高めていくということがまず大前提です。その上で、アジャイル開発のような、これまで培ってきた価値観とちょっと違うアプローチをどう実現していくか、議論していきたいですね。

吉澤:モノづくりという観点では、サプライチェーンのレジリエンスを含めた基盤強化が焦点となるでしょうが、やはり、先ほども話が出た新たな価値とはなんぞやというDXの本質を、皆さんと一緒に考えて、デジタル分野でどのように当社のビジネスを成功に導くか、模索していきたいと思います。

篠原:当社には、ウェルビーイングをはじめ時代が求める新しい価値観を提供する力があると私は信じています。「ライフタイムバリュー」を通じた新たな価値の提供、つまり、モノを作って売ることに加えて、いかにコトを作り出してコトを売って、お客さまと長くつながっていくかという新しい事業の方向性について、もっと議論が必要でしょう。当社が持つケイパビリティを世の中の価値につなぐためには、どのような技術ポートフォリオを作っていくかも考えねばなりません。

吉澤:コトのサービス化には、モノづくりが中心だった今までにはない人材や能力も必要になりますから、そうした人材をどうやって獲得し育てていくかについても、継続的に検討していきましょう。