• ピアノを奏でる喜びを全ての人に「だれでもピアノ®」が拓くインクルーシブな未来

ピアノを奏でる喜びを全ての人に
「だれでもピアノ®」が拓くインクルーシブな未来

2022年6月更新

一本指でメロディーを弾くと、伴奏とペダルが自動で追従、まるで熟練したピアニストのように華麗な曲を奏でることができる「だれでもピアノ®」。
障がいのある児童・生徒たちの夢の実現から高齢者の生きがい創出、オンラインでの遠隔演奏など、さまざまな社会課題の解決に向けた活用・研究を進めることで、インクルーシブな社会につながる新しい価値を生み出しています。

[アイコン]3:すべての人に健康と福祉を、4:質の高い教育をみんなに、10:人や国の不平等をなくそう、16:平和と公正をすべての人に、17:パートナーシップで目標を達成しよう

「だれでもピアノ®」がSTI for SDGsアワードの最高栄誉に

2021年、ヤマハと国立大学法人東京藝術大学COI拠点が共同開発した「だれでもピアノ®」が、「STI for SDGs」アワードで文部科学大臣賞を受賞しました※1。「STI for SDGs」アワードは、社会課題を科学技術イノベーションによって解決する優れた取り組みに贈られるもので、国立研究開発法人科学技術振興機構(以下、JST)が2019年に創設したものです。

第3回となる令和3年度には約40件の応募があり、その中から「だれでもピアノ®」がその独創性や、福祉・医療分野への展開が期待できる汎用性、そして「誰一人取り残されない未来をつくる」というSDGsの理念に沿った取り組みであることが高く評価され、最高栄誉である文部科学大臣賞にふさわしいと判断されました。

※1:受賞団体は東京藝術大学COI拠点

STI for SDGs AWARD

「演奏を彩る」技術で、障がいのある高校生の夢をかなえる

「だれでもピアノ®」の開発の起点は、「ショパンのノクターンを自力で演奏したい」という、手や足に障がいを持った1人の高校生の夢でした。

ヤマハは2015年10月より、文部科学省とJSTの事業である「革新的イノベーション創出プログラム(COI STREAM)の拠点の一つである「東京藝術大学(以下、東京藝大)COI 拠点」に参画し、インクルーシブアーツ研究グループを技術面でサポートしてきました。

インクルーシブアーツとは、COIプログラムの立上げ以前より東京藝大で研究されてきたテーマで、「すべての人たちが芸術を通して等しく交流し、芸術が身近にある社会を目指していく」ことを目的としています。

その研究にあたって研究者が訪問した特別支援学校で、脳性まひの高校生たちがわずかに動く指を使ってピアノや電子キーボードを練習している姿に遭遇したことが、「たとえ指一本でも、完全な演奏ができる楽器が作れないか」という発想につながりました。

あくまでも演奏者に主体を置いたまま、両手両足を駆使した豊かな演奏表現を実現する──。この課題を解決する糸口となったのが、ヤマハの自動演奏ピアノ「Disklavier™(ディスクラビア)」と、演奏追従技術です。ディスクラビアを弾く右手(メロディパート)の演奏情報を瞬時にMIDIデータに変換し、自動演奏システムが楽曲情報と照合。演奏テンポに合わせて、左手パートの音を重ねるとともに、ディスクラビアに搭載されたペダル駆動システムを制御することで、演奏者の思い通りに完成された楽曲を奏でることができます。

この自動演奏システムは、2015年12月に開催された「藝大アーツ・スペシャル2015 障がいとアーツ」内のミニコンサートで初めて披露され、大きな注目を集めました。同コンサートでは、手や足に障がいのある特別支援学校の生徒たちがショパンやJ-POPを演奏。人と機械のアンサンブルによって障がいを乗り越え、大好きな曲を奏でる夢を実現する生徒たちの姿は、会場一杯の感動を呼ぶとともに、自動演奏サポートシステムが拓く音楽の可能性を示しました。

その後も、渋谷の街を舞台とした音楽フェスティバル「渋谷ズンチャカ!」や福祉展示展「超福祉展」などさまざまなイベントを通じて、多くの参加者に新たな演奏の楽しみ方や楽器演奏を通じた幅広い福祉への可能性を紹介しています。

COI拠点での打ち合わせの様子
「藝大アーツ・スペシャル2015 障がいとアーツ」©平舘平

ユニバーサル活用をさらに進め、インクルーシブアーツをみんなのものに

「ピアノ演奏」の間口を大きく広げ、豊かな演奏体験を実現する「だれでもピアノ®」。ヤマハと東京藝大COI拠点は全国でワークショップを実施し、障がいのある児童や生徒を対象に体験者を拡大するとともに、得られた知見を生かして楽曲データの拡充やより自然な自動伴奏システムの開発を進めてきました。

2021年には、楽器が手元になくてもタブレット端末などを通じて世界中の誰もが「だれでもピアノ®」にアクセスできる、専用アプリを限定公開。現在、価値検証を行いながら、開発を進めています。さらに、このアプリに低遅延MIDI送受信モジュールやヤマハのリモート合奏サービス「SYNCROOM」を組み合わせ、自宅を出ることが困難な人々が世界中のコンサート会場のピアノを演奏できるという、かつてない体験も現実となっています。

また、高齢者を対象に持続的な幸福、生きがいづくりを支援する“ウェルビーイング” も、「だれでもピアノ®」の活用が期待される分野です。高齢者を対象として行われた実証研究では、継続的な練習やその成果を披露することによる達成感がQOL(Quality of Life)※2効果の検証が行われ、「だれでもピアノ®」を使ったピアノレッスンが高齢者の健康寿命の延伸や認知機能低下の予防につながることを科学的に検証する取り組みが進められています。

今後もヤマハは、福祉や教育、医療といった分野でも実証実験を重ね、ピアノを演奏する喜びを軸としたインクルーシブな社会を実現する一助となるべく、研究開発を進めていきます。

※2:「生活の質」や「人生の質」という意味で、生活や人生が豊かであるということの指標となる概念

渋谷ズンチャカ!での出展
高齢者を対象としたウェルビーイングの効果検証

だれでもどこでも名ピアニスト。ICTを活用したリモート演奏実験

人工呼吸器をつけて自宅を離れることが困難な小学生が、横浜市役所に設置されているフルコンサートグランドピアノ版「だれでもピアノ®」を、ネットワークを介して演奏。その模様は国内外のメディアにも取り上げられ、大きな話題を呼びました。

ICTを活用したリモート演奏実験

ユニバーサルデザインの思想を次世代を担う子どもたちへ

障がいを持った高校生の夢をかなえるために生まれながら、福祉分野や医療分野のみならず、本物のフルコンサートピアノにアクセスできない健常者にもその演奏体験を提供するなど、幅広い可能性を秘めた「だれでもピアノ®」。

当初、開発チームの念頭にあったのは、障がいがあっても演奏ができる楽器を新たに作り出すことでした。しかし前述の高校生たちの想いに触れ、本当に求められているのは障がい者用に作られた楽器ではなく、プロの演奏家と同じ「本物の楽器」なのだと気付きました。そしてその実現のためには、障がいの有無や環境に関わらず、誰にも等しく演奏の喜びを提供するユニバーサルデザインの思想が不可欠だったのです。

ヤマハは、2022年6月期の浜松市が推進するユニバーサルデザインによる街づくりの一環プログラム「企業のUD出前講座※3」のテーマに、「だれでもピアノ®」を選びました。「だれでもピアノ®」の理念や開発経緯を通じて、音楽がもたらす喜びの普遍性やそれを全ての人に届ける技術イノベーションの重要性を伝え、インクルーシブな社会づくりを担う次世代の子どもたちの育成に貢献していきます。

※3:地元小中学生を対象にした、UDによる街づくりの一環プログラム。企業のユニバーサルデザインに対する理念や考え方、製品・サービスに反映されているさまざまな人への配慮を伝え、子どもたちの目を社会に向けさせるとともに、将来の職業に興味や関心を抱かせることをねらいとした講座

ユニバーサルは一人から始まる

「音楽は障がいや国境を越えて誰もが楽しめるもの」とよく言われますが、音楽とは本当にバリアフリーなものでしょうか。楽譜を読むこと、楽器が弾けること、聴覚を持つこと等々、音が「音楽」として成り立つためには、多様な条件の壁があります。

音楽を届けることは、まずひとりの人間に寄り添うこと、たったひとつの「共感」から始まるのだと思います。ひとりの人の心をわずかでもふるわせることができたものこそが、多くの人々を感動させるユニバーサルな音楽となる可能性を秘めているのではないでしょうか。

新井 鷗子様

東京藝術大学 客員教授
新井 鷗子 様


他人事から自分事へ

古くより「楽器の王様」とも呼ばれているピアノ。最近では公共の空間にあるストリートピアノを弾く人や、ネットでピアノ演奏を配信する人も増え、弾く人と聴く人の距離がどんどん縮まってきていると感じます。

でも私はピアノが弾けません。いくら距離が縮まっても、これまで演奏する側にはなれませんでした。ピアノ自身が持つバリアをなくしたいという思いで始めたこの取り組みが評価されたことは、技術者としても個人的にも大変うれしいことです。

非言語によるユニバーサルなコミュニケーションが可能なピアノが、今後さらに身近な存在になれば光栄です。

田邑 元一

ヤマハ(株)研究開発統括部 研究開発企画グループ
田邑 元一