吹奏動作計測技術
吹奏動作計測技術は、当社が独自に開発したスマートマウスピース(SMARTMOUTHPIECE®、以下SMP)を使い、サクソフォンやクラリネットなどの木管楽器を対象として、奏者の演奏時に生じる口腔内・マウスピース内・リード近傍の物理量を同時計測する技術です。従来、熟練者の経験知や主観的な言語表現に依存してきた吹奏圧やアンブシュア※、発音変化に関わる動作を、複数のセンサーによって同期して計測することができます。本技術は、外部の研究機関・教育機関・企業との連携を通じて、演奏技能の可視化や教育支援さらには楽器設計や音響関連研究への応用など多様な分野での活用が期待され、これらの連携を見据えた計測基盤としての提供を目指しています。
※アンブシュア:管楽器や声楽の演奏において、唇や口周囲の筋肉、歯、顎などを含めた口腔周辺の使い方や状態のこと。音色や発音、演奏の安定性に大きく影響する要素である。
吹奏動作の可視化を目指す
管楽器の演奏では、息の圧力や唇の使い方などの吹奏動作がとても重要で、少しの変化でも演奏に大きな影響を与えます。しかし、これらの変化はほとんど外から確認することができません。そのため、教育現場では「息を支える」「咬みすぎない」といった感覚的な表現に頼らざるを得ず、楽器開発の現場でも、評価者の言葉から推測して調整すべき設計要素を手探りする状況が続いてきました。SMPはこのような課題に対して、演奏性を極力維持しつつ複数のセンサーを搭載し、演奏音と同期した計測を可能にすることで、従来は目視が難しかった吹奏動作の定量化を実現します。
SMPの構造と特徴
SMPは、マウスピース内部に3つのセンサーを内蔵しています。1つ目は吹奏時に奏者の口腔内に生じる圧力を取得するための圧力センサー、2つ目は管内共鳴に伴う圧力変動を取得するための圧力センサー、3つ目は下唇・下顎による拘束状態、すなわちアンブシュアの強度を取得するためのリード変位センサーです。これらのセンサーで計測したデータに演奏音を組み合わせることで、吹奏動作と演奏音の変化を、同じ時間軸で対応付けることができます。
SMP模式図
1 : 口腔内と圧力センサーを繋ぐトンネル
2 : 口腔内圧力計測用センサー(口腔内圧力を計測する)
3 : アンブシュア計測用センサー(リードの変位を計測する)
4 : マウスピース内計測用センサー(管内圧力を計測する)
最大の特徴は、マウスピース壁面内部に口腔から圧力センサーへとつながる細い流路(トンネル)を設けることで、口腔内圧力の計測を可能にしている点です。従来、口腔内圧力を測定するためには細いチューブをマウスピースとともにくわえる必要があり、演奏性が低下するなど、計測系の存在自体が演奏者の奏法を変化させてしまうことが大きな問題となっていました。SMPは、演奏への影響を極力抑えて計測できるため、より通常の演奏に近い条件でデータを取得することができます。
また、この流路は細長く屈曲を含むため、一般的な射出成形や切削加工では製作が困難でした。そこで、SMPでは高精細な光造形を前提に設計し、微細流路を含む複雑な内部構造の直接成形(一度の工程で最終形状を成形)を可能にしています。さらに、光造形用材料では、人体への安全性を考慮し、食品衛生法に適合したアレルゲンフリー材料を採用しています。加えて、表面粗さや材料密度を従来のエボナイト製マウスピースに極力近づけて設計することで、演奏性を損なわないように配慮しています。
測定データの可視化
測定したデータを、時系列の波形やレベルの強弱としてリアルタイムで可視化するツールも開発しています。これにより、音を出す瞬間や演奏中の変化など、自分の演奏の特徴を目で見て確認することができます。また、他の奏者のデータと比較することもできるため、例えば教育現場で先生の演奏結果を表示し、それに倣って演奏するといった用途にも活用可能です。
多分野への応用展開
私たちは吹奏状態を可視化できる技術として、SMPを音楽教育分野や楽器の研究開発へ展開しています。教育分野では演奏の客観的な理解を支援し、学習効率向上へ寄与することを目指しています。実際にプロのサクソフォンプレイヤーや指導者の協力を得ながらデータを計測し、学習支援に活用可能か検討を進めています。
また、楽器の研究開発では、演奏データの分析を通じて、新たな知見の創出や楽器設計への応用を見込んでいます。さらに医療分野にも展開しており、ジストニアを患った管楽器奏者の治療支援への応用可能性を期待しています。
西内徹(にしうちてつ):レゲエを軸としてジャズやダブなども横断、数多くのバンドやアーティストの作品・ライブに参加する日本を代表するサクソフォンプレイヤーの一人。
武嶋聡(たけしまさとる):日本のポップス/ロックシーンを支えるプレイヤーの一人で、編曲やホーンアレンジも手がけながら多くのアーティストのライブやレコーディングに参加している。
今後の展開
今後は、センサーデータの解析技術の高度化や、ソフトウェアとの連携を進めることで、単なる計測にとどまらず、演奏者に対して具体的なフィードバックや支援を提供できるシステムへと発展させていく予定です。私たちが保有する他の計測技術とも組み合わせながら、「見えない演奏」をデータとして捉え、演奏を理解するための基盤技術を進化させていきます。
関連項目
関連リンク
SMP開発で活用した光造形の製造元Formlabs社、販売代理店Brule社のサイトにて、本取り組みについてご紹介いただきました。