楽器演奏時の呼吸計測技術
楽器演奏時の「呼吸」を可視化する
呼吸は私たちの最も基本的な生理活動の一つであり、日常生活の中で自然に行われるものです。呼吸は身体のリズムや心の落ち着きにも深く関わっており、さまざまな動作や所作の基礎となる重要な役割を果たしています。また、普段は一定のリズムで呼吸を行っていますが、集中している時や動作を特定のタイミングに合わせたりする時には、私たちは無意識のうちにそのリズムを調整しているのです。
楽器演奏者の呼吸も、表現や音色と密接に関わっていると言われています。この関係性を、演奏者のポテンシャルを完全に引き出した状態で解明するためには、演奏者の呼吸動作を負荷なくセンシングする必要があります。そこで、ヤマハでは奏者にとって違和感のない呼吸計測を目指し、カーボンナノチューブを用いた抵抗変化型の伸縮センサー「GummiStra®」を活用し、演奏者の胸部と腹部の動きや呼吸パターンのリアルタイム計測技術の研究に取り組んでいます。この技術は管楽器、ピアノやギターといった、あらゆる楽器演奏と呼吸の関係を解明する可能性があります。
共創から生まれた独自のセンサー
演奏時の呼吸動作には、まだ多くの謎が残されています。例えば、管楽器の教育現場では呼吸法が指導されていますが、理想的な呼吸動作をデータを通じて定量的に示すためには、多くの解明すべきことが残されています。
楽器演奏者の呼吸を計測する上で重要となるのは、体に取り付けたセンサーが演奏時の自然な動きを妨げてしまわないことです。既存の呼吸計測の多くは、変形を制約して荷重を計測する方式のため、硬いバンドなどにより体を締め付ける必要がありました。しかし、この方式は奏者への負荷が大きすぎるため、自然な演奏を妨げてしまいます。
こうした課題の解決に役立ったのが、以前からヤマハが開発を進めてきた独自の伸縮センサー「GummiStra」でした。その最大の特徴は、ゴムのように伸び縮みし、人体に装着しても違和感が少ないことにあります。GummiStraは元々、2012年から行っているセンサー素子の研究を発端に、2017年からは医療機器への展開を目指して開発を進め、術後患者の呼吸モニタリングや呼吸リハビリテーションの定量評価など、医療現場での活用を検討を続けてきたセンサーです。
先述のとおり、センサーを人体に装着し、正確に呼吸を計測するためには、長時間の計測に耐えるバンドの設計や、装着する際の負荷を最小限にする技術が必要となります。さらに、楽器演奏時の呼吸は日常の呼吸よりもさらに深い呼吸となるため、被験者に対してより低負荷な計測を実現する必要がありました。
そこで、岡山の医療用品メーカー・ダイヤ工業株式会社様との共創によって、演奏者への影響を極限まで低減した理想的なバンド構造を実現しました。さらに、京都の心拍センサーパッドメーカー・株式会社プロキダイ様との連携により、スナップボタン式の電極を採用し、安定的なセンシングに加えて、着脱が簡単な計測システムを開発することができました。
見えなかった「呼吸の事実」を明らかにする
この研究の今後の展開としては、「呼吸」と「演奏や楽器」との関係性をより深く理解していきたいと考えています。具体的には、呼吸が直接発音に関与しない、ピアノ、ギター、ドラムといった楽器演奏時の呼吸の特性の理解を目指します。
また呼吸計測に加え、演奏メカニズムの全体像により迫るため、モーションキャプチャや、ヤマハが強みとする楽器の状態・放射音の計測技術を掛け合わせた分析も検討しています。特に管楽器においては、管楽器内部に組み込んだ圧力センサーやリードセンサーのデータと組み合わせ、呼吸動作と実際の音色の関係を解明する研究を進めています。こうした研究成果を学会発表などの形で公開していくことで、志を同じくする研究者や演奏家と一緒に、演奏行為に関する理解を明らかにしていきたいと考えています。
さらに、私たちの技術は計測協力者の負荷を最小限に抑えることができるため、楽器演奏以外にも、弓道や茶道といった伝統文化、ピラティスなど、ウェルネス分野での応用可能性が考えられます。こうした隣接分野に対する価値検証や共創活動も進めていきたいと考えています。
今後も、ヤマハの持つ呼吸計測技術と共創パートナーの皆様の知見を組み合わせることにより、呼吸動作の解明を通じた新しい価値提案を進めてまいります。