スピーカー非線形歪み制御技術

音に込められた表現を忠実に届ける

スピーカーやヘッドホンでは、入力信号に対して再生音が理想通りに追従しないことで、音に濁りや不自然さとして現れる「歪み」が生じることがあります。ヤマハの非線形歪み制御技術は、こうした歪みを材料、電気回路、信号処理の各側面から抑えることで、音源に込められた表現をより正確に、自然に届けることを目指す技術です。

音響機器における歪み

音響機器における歪みは、電気・磁気的な応答や振動板の動きが理想からずれることで発生します。このような歪みは、音の濁り、定位の不明瞭さ、低音の輪郭の甘さなどにつながり、再生音の明瞭さや自然さに影響を与えます。

ヤマハでは、発生要因に応じた複数のアプローチで、歪みを低減する技術開発を進めています。以下では、電気・磁気に起因する歪みと、振動板の動きに伴う歪みについて、それぞれを低減する技術を紹介します。

1. 電気・磁気起因の歪み

従来のオーディオシステムでは、パワーアンプは理想的な電圧源として設計され、スピーカーはその出力を受けて駆動されます。一方で、スピーカーユニット内部の磁気回路では、磁束の変化によって磁性材料(鉄)中に意図しない渦電流が発生します。渦電流は本来の磁束変化とは反対の方向に磁界を生じさせるため、磁気回路を含むボイスコイル全体の電気的特性を駆動条件に応じて変化させます。その結果、スピーカーのインピーダンスに非線形な変動が生じ、ボイスコイルに流れる電流が入力信号に対して歪みます。この電流の歪みが、最終的に再生音の歪みとして現れます。

1-1. 磁性材料・磁気回路による歪み低減技術

この技術は、スピーカーやヘッドホンで振動板を駆動する磁気回路に着目し、材料技術とシミュレーション技術の両面から歪みを低減するものです。磁気回路には磁石や鉄などの磁性材料が用いられて、ボイスコイルに流れる電流と磁界の相互作用によって振動板を動かし、音を再生します。

磁性材料内部に発生する渦電流は、磁気回路の非線形な応答を引き起こし、聴感への影響が大きい3次歪み成分(入力信号の3倍の周波数成分として現れる歪み)の増加につながります。当社では、この歪みを抑えるため、軟磁性複合材料(SMC)などの渦電流が流れにくい磁性材料の適用を検討しています。また、材料特性に加え、表面保護や形状安定性など実用化に向けた信頼性評価も進めています。

加えて、磁気回路シミュレーションにより、磁界や渦電流の分布を可視化し、磁性材料の種類や磁気回路構造が歪みに与える影響を評価しています。試作だけでは把握が難しい磁気回路内部の現象を可視化できるため、材料や構造の違いを定量的に比較することが可能です。

下図は、鉄(Iron)と軟磁性複合材料(SMC)を適用した場合の渦電流分布と3次歪み評価結果の一例です。磁気回路シミュレーションにより、渦電流の発生状況や歪みへの影響を可視化し、材料や構造の違いを定量的に比較することで、低歪み磁気回路の設計に活用しています。

このように、材料開発と磁気回路シミュレーションを融合することで、歪みの少ない高音質な音響機器の実現を目指しています。

(a) 鉄(Iron)
(b) 軟磁性複合材料(SMC)

磁気回路材料による渦電流及び3次歪み成分の比較​
(解析条件:入力電圧 2 Vrms、入力周波数 1000 Hz)​​

1-2. 電気回路による歪み低減技術

この技術は、スピーカーの駆動力に直結するボイスコイル電流を理想的な波形に制御することで、磁気回路に起因する電流歪みを広帯域で低減するアンプ回路技術です。電流を検出して入力信号へ帰還する電流帰還技術を用い、検出電圧と入力信号が比例するよう電流を精密に制御することで、渦電流などの影響が生じてもボイスコイル電流を常に正確な波形に維持し、歪みを低減します。

また、特殊な材料を必要とせず、数点の電気部品の追加のみで実現できることも特長です。音響歪み測定では、200Hz~3kHzの広帯域で歪み低減を確認しており、その効果は最大約20dBに達します。

この技術によって、音源に忠実でクリアな再生音を実現するとともに、音像の定位(ボーカルや楽器などの方向や位置、距離感)、空間表現、残響の質感向上にも貢献します。

電流帰還回路の概要
周波数特性、3次歪みレベルの測定結果

2. 振動板の動きに伴う歪み

スピーカーは、入力された電気信号に合わせて振動板を前後に動かし、空気を振動させることで音を出します。振動板が小さく動いているときは、入力信号に比較的忠実に動くことができます。しかし、低音を大きな音量で再生するときなど、振動板が大きく動く場面では、振動板を動かす力や、振動板を支える部品の反発力が一定ではなくなります。その結果、振動板の動きが入力信号から少しずれ、再生される音の波形にも乱れが生じます。こうしたずれが歪みとなり、音の輪郭や明瞭さを損なう原因になります。

理想的な特性(点線)に対して実際の特性(実線)が変化しており、出力信号に歪みが生じる

2-1. 信号処理による歪み制御技術

この技術は、スピーカーの非線形な動きに起因する歪みを、デジタル信号処理(DSP)で補正するものです。入力信号に対する振動板の追従性を高めることで、低音域の歪みを低減し、より自然で明瞭な音の再現を実現します。また、低音の輪郭やアタックの表現が向上することで、細部まで聞き取りやすい再生音を提供します。スピーカーの動作を安定させ、大音量時にも音質が崩れにくくなるため、プロフェッショナルな現場で求められる信頼性と音響性能の向上にも貢献します。

このグラフは、入力信号に対する振動板の変位を時間軸で示したものです。横軸は時間、縦軸は振動板の変位を表しています。青線は入力信号に忠実に追従した理想的な線形状態の正弦波、赤線はスピーカーの非線形特性によって歪んだ波形です。非線形な状態では、振動板の変位に応じて各特性が変化するため、振幅や波形にずれが生じます。このずれが再生音の歪みとなり、低音の輪郭やアタック、音の明瞭さを損なう原因となります。DSPによりスピーカーの動きを適切に補正し、理想的な波形に近づけることで、低音域の歪みを抑えた自然で明瞭な再生を実現します。

今後の展開

スピーカーやヘッドホンにおける歪みは、音の明瞭さや自然さ、空間表現に大きく関わる重要な課題です。今後は各技術をさらに進化させるとともに、スピーカーやヘッドホンに共通する非線形性の低減に関する技術や知見を、製品形態に応じて相互に展開していきながら、より忠実で豊かな音の再現を目指していきます。

関連項目

技術搭載製品

  • ワイヤレスHiFiスピーカー「NX-70A」​
  • 「1-2.電気回路による歪み低減技術」は「シナジスティックドライブ(Synergistic Drive)」という名称で、上記の製品に搭載されています。

「2-1.信号処理による歪み制御技術」は「ドライブモーションキャリブレーション(Drive Motion Calibration)」という名称で、上記の製品に搭載されています。