バスレフポートの流体音響計測・シミュレーション技術

バスレフ型スピーカーのポートノイズとは

スピーカーにはいろいろなタイプがありますが、スピーカーボックスにバスレフポートと呼ばれる管(穴)を取り付け、ヘルムホルツ共鳴という現象を利用して低音を増強する方式のスピーカーを、バスレフ型スピーカーといいます。単純な密閉型スピーカーに対して、比較的小さいボックスサイズであったとしても、そのサイズ以上の低音を再生することが可能であり、実はかなりの割合で採用されています。

しかし、良いことばかりではありません。特に大きな入力があると、ポートノイズと呼ばれる風切り音が発生し、しばしば音質低下の原因となってしまいます。 ポートノイズの低減による音質改善を狙って、各メーカーがさまざまなバスレフポートの形状を提案していますが、ポートノイズを完全に消すことはできていません。ポートノイズの低減は、バスレフ型スピーカーの永遠の課題と言えるかもしれません。ヤマハでは、このポートノイズ低減のため、革新的な設計提案にチャレンジしながら、クリアで表現力のある低音再生が可能なスピーカーを世に出し続けています。

ここでは、それを支える先進的な計測・シミュレーション技術の一端を紹介します。

ポートノイズの発生源である“渦”を可視化するPIV計測

ポートノイズという言葉の定義にはやや幅がありますが、多くの場合、いわゆる”風切り音”を指します。バスレフポート内では音響的粒子速度としての空気の流れが発生し、特に大音量の再生時には、秒速数十メートル程度の台風のような流速にまで達することがあります。そのような高い流速では、バスレフポート端部における空気の流れが壁面形状に沿うことができずに剥がれてしまう、境界層剥離という現象が顕著になり、それに起因する渦や乱れによって風切り音が発生してしまいます。風切り音は、「空力音(Aerodynamic sound)」と呼ばれる現象に分類され、空気の流れそのものが音源となっています。これは、エアリード楽器(リコーダーやフルートなど)の発音機構とも深く関わるので、ヤマハの楽器・音響製品を語る上では非常に重要な現象です。

ヤマハではPIV(※)という手法を用いてバスレフポート出口の空気の流れを可視化計測することで、ポートノイズの原因となる境界層剥離や渦の振る舞いを観察し、メカニズムの解明やノイズ低減手法の開発に役立てています。

以下の動画は、PIVで得られた速度ベクトル分布の一例です。バスレフポート出口で流れる空気が、ポート端部の形状で大きく異なる様子が分かります。端部の形状は、垂直な切りっぱなしではなく、端部にR形状を付加することで流れがスムーズになり、渦の発生を抑制してポートノイズを低減できることが分かっています。

※ PIV(Particle Image Velocimetry)とは流体の計測手法の一つです。対象とする流れの中にトレーサー粒子と呼ばれる煙(直径数μm)をまき、高強度のレーザー(クラス4)を照射します。 レーザーで照射されて明るく光った粒子の動きを高速度カメラ(数万フレーム/秒)で撮影することで、流速分布を可視化・定量化することができます。

精緻な現象の観察に向けた流体音響シミュレーション

実験で観察できることには限りがあるので、ヤマハでは、PIVをはじめとする実現象の計測とは別に、スーパーコンピュータを用いた高精度な大規模シミュレーションと、メーカーならではの実践的なノウハウや知見の両輪で、世界に先駆けた研究開発を継続的に実施しています。

流体シミュレーションで音波を扱う場合、音のような小さい変動を細部まで捉えながら、同時に流れという大きな変動も扱う必要があり、非常に大規模な計算が求められます。また、音のような疎密波は、圧力変動に応じた密度変動を伴うため、圧縮性流体として扱う必要もあり、加えて、壁面とのインタラクションに流れが大きく左右される内部流れを扱うことになります。このような複雑な現象を捉えるために、ヤマハでは、圧縮性流体の大規模な計算を利用し、時間領域で音波までシミュレーションする技術を確立しています。これにより、ポートノイズを正確に再現しながら、その原因となる空気の流れを観察することが可能です。

以下の動画は、流体シミュレーション結果の一例です。円筒状バスレフポートの1/4ケーキカットモデルで、渦構造を表す指標であるQ値(速度勾配テンソルの第2不変量)と、音圧を可視化したものです。共鳴が励起されるにしたがって徐々に流速が高くなるとともに、複雑な渦構造が発生する様子が分かります。実測が難しい詳細な渦構造を観察することができるほか、これらの流れの乱れに起因する風切り音の予測が可能です。

Twisted Flare Port 設計への活用

ポートノイズの原因となる渦をコントロールするヤマハ独自の技術として、Twisted Flare Portがあります。5枚の花びら形状を捻った構造によって、渦の発生を時空間的に分散させることでポートノイズを抑制し、クリアで表現力の高い低音再生を実現しています。この設計にも先に述べた流体シミュレーションが活用されており、花びらの枚数や捻り具合などが最適化されています。

今後の展開

近年、EDMなどの打ち込み音源の台頭によって、実在するアコースティック楽器ではあり得ないような重低音を含む楽曲が増えています。またDTMの普及によって音楽制作の現場が個人にまで降りてきており、より小さいスピーカーで低音まで再生したいというニーズが増えています。そのため、スピーカーは以前にもまして優れた低音再生能力が期待されるようになり、バスレフポート等の低音再生技術には、継続的な技術革新が求められます。

このような音楽の楽しみ方の変化に柔軟に対応し、新しい価値・音楽体験を提供しつづけるために、最先端の計測・シミュレーションを駆使して物理現象と向き合いながら、本質的な価値を探求することが我々の使命です。