研究者紹介:湯田坂卓人
| 所属 | 研究開発統括部 基盤研究開発部 解析グループ |
|---|---|
| 業務内容 | エレクトリックギターの科学的設計手法開発・北米探索活動 |
| 学生時代の専攻 | 学士:電気電子工学 修士:音響工学 |
| 入社年度 | 2013年度 |
研究内容
私は、エレクトリックギターの設計と音色の関係を明らかにした上で、求める音を科学的に設計する手法を開発しています。
エレキギターが発明されてから50年以上経った今でも、設計と音色の関係は完全には解明されていません。そこで我々は、材料や形状、加工方法といった設計パラメータがなぜ、どのように音に寄与するか、計測やシミュレーションを通して調査しています。そして、ここで得た知見をもとに、理想の音色を科学的に設計する手法を開発しています。
具体例として、マグネティックピックアップの研究開発事例を挙げます。ピックアップのコイルの巻き数を増やすと、音量が上がる一方で、こもった音になってしまうトレードオフ関係が知られていました。私たちは、計測やシミュレーションを通してこの現象を調査した結果、インダクタンス値上昇によるアナログ回路フィルタのカットオフ周波数低下が原因だと分かりました。さらに、カットオフ周波数に寄与する別の設計パラメータを見出し、これを調整することで、音量と明瞭な音色を両立する新しい設計手法を編み出しました。この設計手法は、2024年に発売されたPacificaシリーズに搭載されているピックアップ”Reflectone”で活用されています。
モントリオールでの共同研究
このような楽器研究を、現在はMcGill大学Schulich School of MusicのComputational Acoustic Modeling Laboratory (CAML)、Center for Interdisciplinary Research in Music Media and Technology (CIRMMT)と共同で実施しています。そのため、私はカナダのモントリオールに駐在しています。
Gary Scavone教授率いるCAMLには、北米だけでなくヨーロッパ、中東、アジアなど世界中から楽器研究者が集まっています。研究テーマは、私のようなポピュラー楽器の物理現象に関する研究以外にも、地域特有の楽器の文化的背景も含めた研究や、楽器練習を科学的に支援するシステムの研究などがあります。また、同じ研究科内の他の研究室でも、音楽技術に関する様々な研究が行われています。
このような、ヤマハとは異なる視点、技術、情報源をもつ研究者との議論の中で、私の研究にも新しいアプローチが生まれています。また、技術的な話題以外にも、例えば「アカデミアの研究成果を楽器づくりにどう活かすか」といった会話も盛り上がります。
北米での探索活動
共同研究に加え、私は北米での探索活動業務を行っています。学会発表や大学訪問、イベント参加などを通して人脈を拡げながら、ヤマハにない先端技術や潜在ニーズを取り入れ、新しい価値の提案を目指します。
例えば、McGill大学での打楽器に関する研究発表会では、ミュージシャンズジストニアについて研究されているRADWIMPSドラマーの山口智史氏に出会いました。三日間の会期中、私のお気に入りのレストランに行くなどして親睦を深めながら、協業可能性を議論しました。その結果、全く新しいドラム演奏システム(VXD)の共同開発が実現し、2024年末には対外発表も行われました。山口氏のドラム演奏にかける想いに貢献できたことは、ヤマハ社員としてもアマチュアドラマーとしても、この上ない喜びです。
この例は日本人との協業ですが、普段は非日本語話者とお会いすることの方がほとんどです。このときに威力を発揮するのが音楽です。英語や数学、プログラムのソースコードと同じく、音楽は世界共通語。趣味のドラムやモジュラーシンセでのジャムセッションを通して、多くの研究者や学生さんと人間関係を築きました。これは楽器業界ならではのアプローチだと思います。
モントリオールの文化
日本とモントリオールにはいろいろな違いがありますが、私が特に好きなモントリオールの特徴を2つご紹介します。
1つ目は音楽文化です。カナダやケベック州では文化芸術活動に対する助成金が豊富で、夏になると無料の野外フェスが毎週のように開催されます。最も有名なのはジャズフェスですが、他にもクラシック、電子音楽、民族音楽などジャンルも様々です。また、助成金は音楽文化の多様性にも貢献しており、ユニークで実験的なショーもたくさんあります。中でも、AIやイマーシブオーディオなどデジタル技術を活用したパフォーマンスはモントリオールの特徴的な文化であり、探索活動の観点でも大いに注目しています。
2つ目はビールです。カナダには小さな醸造所がたくさんあり、専門店や大きめのスーパーには常時100種類以上のビールが並びます。時期によってどんどん入れ替わるため、毎日飲んでも全部試すことは不可能です。本当に困ったものです。私のお気に入りはケベック州のdu Bas-Canadaという醸造所で、個性がありつつ主張しすぎない絶妙なバランスと、ラベルデザインが大好きです。タップルームに行って呑み比べするのも楽しいです。
その他にも美しい自然やスポーツイベント等、ここには様々な魅力があります。
私にとってこの仕事は
私は学生時代、好きなことを仕事にするために、修士に上がるタイミングで専攻を変えて楽器研究に没頭しました。また、ヤマハ発動機さんのタイ拠点でのインターンに参加した際、海外駐在にやりがいを感じ、目指すキャリアのひとつとなりました。今、その両方を実現できたのは、私の上司をはじめとした周囲の方々の理解と協力あってのことです。本当に感謝しています。
モントリオールで様々な経験をする中で、研究スキルだけでなく、研究成果を社会の発展にどう活かすかという視点も鍛えられ、研究者としての幅の広がりを感じています。視座が上がったことで、楽器研究、海外駐在に次ぐ新しい目標もできました。
このように、私にとってヤマハ研究開発での仕事は、私の夢を実現するだけでなく、その先のビジョンまで示してくれるような存在です。