研究者紹介:近藤 多伸
| 所属 | 研究開発統括部 先進技術開発部 楽器・音響グループ |
|---|---|
| 業務内容 | 信号処理・機械学習 |
| 学生時代の専攻 | 修士では高精細画像の符号化、社会人博士では音源分離 |
| 入社年度 | 1993年度 |
研究とマネジメント
音や音楽に関わり、信号処理と機械学習を活用した研究とそのマネジメントを担当しています。
役職が管理職ということもあり、理論に依って立つエンジニアリングとエッジデバイスでの実現性も考慮しつつ、技術開発そのものと研究方向性の提案を主な仕事としています。いわゆる応用研究になりますね。また、技術者の育成にも携わっており、現在は、社内のディジタル信号処理技術講座の事務局長です(昔は事務局として実際に運営を担当、現在はすなわち隠居の身)。
主席技師という役割も拝命しており(英語で表記するとPrincipal Engineer)、主な研究領域は信号処理となります。これまでに音源分離や雑音抑制、残響抑制といった研究を大学との共同研究も併せて進め、その中で自分もたくさん勉強させてもらいました。また、昨今の信号処理は統計や確率を多用するため、機械学習についても独学しつつ世の中に追いつくよう努力の日々です。主席というトップを意味する役割の重さを痛感しながら仕事しています。
理論に依って立つエンジニアリングとは、たとえば、信号処理や情報処理の方法を検討するのであれば、理論をきちんと踏まえつつ、現場でどのように使われるのかを、第一線のサウンドエンジニアさんにもお話を伺い、音を聴いてもらいながら、実際に現場でどう活用できるかを一緒に考えながら進めるやり方を表した言葉です。
分離や抑制系の信号処理を国際会議や文献で追いかけつつ、それらをディジタルミキサーの自動化や遠隔対話システムの調整に対する自動化へどのように活用できるかが、現在最も興味のあるところです。音が音源から放射されてからマイクロフォンで収音されるまでの音響系は、ミキサーの使われる場面の例であるライブ音楽制作や遠隔対話システムであっても原理は同じです。これら音響系に対し、より深い理解と数理的な原理を求めつつ、得られた知見をどのように翻訳して商材へ移していくのかが気になる技術領域になります。
私はエンジニア
本文の最初のほうで自分は管理職者だと書きましたが、あなたは何者ですか、研究者ですかエンジニアですか、と問われれば、私はエンジニアだと答えます。
直近の業務を例に挙げると、上に書いたとおり、信号処理においてエッジデバイスでの実現性について検討をしています。現場でモノを使う場面を考えると、その場で処理できた方がキビキビとした反応を容易に実現できます。昨今はクラウドコンピューティングも盛んですが、製品を操作する際の機械から人へのレスポンスを考えると、少し待たされるよりも、エッジデバイスでも動いた方がよいと考えるのです。とはいえ、一時期Fog Computingという言葉も出てきましたので、すべてがエッジで処理されるべき、というよりはクラウドとどのように連携できるのかをいつも考えています。
また概念的になりますが、応用研究とは理論の実際への翻訳、ともいえます。ここで翻訳という言語領域で使われる表現をしました。言語領域の話になりますが、言葉のニュアンスまで含めて翻訳するには、翻訳すべき言葉への深い理解が必要です。技術領域の場合も同様で、理論を深く知ることで現場での活用へ向け適切な翻訳をすることができます。これが応用研究の醍醐味と言えます。
以上を踏まえ、どのような研究を進めるとよりヤマハの商品に役立ち、お客様に喜んでもらえるかを提案しつつ、研究しています。このように提案は常に歓迎される雰囲気の職場です。
技術者の育成
信号処理や機械学習の分野では、数理的な取り扱いが重要となります。とはいえ、企業におけるその活用としては、原理に寄り過ぎず、一方で単なるブラックボックスでは使いどころを間違える、というバランスが必要となります。このためディジタル信号処理技術講座では、使いどころを考えられる程度に必要な信号処理の数理もカリキュラムに加え、また使う先は音と音楽となるため基礎的な信号処理のみならず、人がどのように音を聴き、それを空間音響的にはどのように扱うべきか、また適応信号処理の中ではフィルタの最適化がどのように働いているのか、などを併せて学べるように講義内容を設定しています。もちろん、学術的な部分は社内のみで完結することでもありませんので、大学の先生方ともお話させていただき、講義のお願いをしています
組織は人で成る、という考えで仕事に取り組んでいますので、技術者の育成はヤマハの組織を力強くする、すなわち付加価値の高い商品を産み出すことにも繋がります。新しい技術が次々と出てくる時代に、若手のみならずベテランもそれらの技術を知り、身につけることが、未来の価値へ繋がると確信しています。
学術界との関りについて
研究者としての活動では、国内、国際を問わず学会で発表したり、また国際会議文献やジャーナルの査読、Journal of Audio Engineering Societyの論文編集委員を依頼されたりしています。加えて、専門家としての目利きも買われ、国際会議のスポンサー代表として学会へ参加しつつ、様々な研究者との交流を進め人材獲得の手助けもしています。経歴の途中で社会人博士課程へ進学し、名古屋大学にて情報科学博士の学位を授与されました。これに関わり2013年には「ICASSP (IEEE International Conference on Acoustics, Speech and Signal Processing)」にて音源分離のポスター発表をしています。
企業で進める研究ではその内容が、原理的な部分と実際的なノウハウに近い部分に分けられます。原理的な部分は、科学としてのOpen Questionsに答えるものに繋がり、学会発表できる場合もかなりあります。一方でノウハウに近い部分は製品を実現するうえで重要な機能へと繋がり、公表が難しいといえます。従って、自分の取り組む研究が原理的な部分かノウハウに近い部分かを考えれば、学術的な発表へ繋がるものかどうかは考えやすくなります。原理的に取り組むのであれば数学の力は必須です。例えば深層学習を使いこなすとしても線形代数の知識はとても重要です。このように信号処理や機械学習を使いこなすのであれば、原理の中に数学が大きく横たわっていますので、数学的な理解を深めると学術的な発表も近づいてきます。積極的に原理的な取り組みで研究し、高いレベルの学術発表へと繋げていくことを目指しています。
音楽制作と技術と理論
音楽制作というとまず作曲などが思い浮かぶと思いますが、ミキシングも音楽制作の一部です。従って、この中にはクリエイティブなタスクが含まれています。ミキシングをされるそれぞれの方がお持ちの創造性を大切にしつつ、技術でお手伝いをするための研究を進めています。2023年にはディジタルミキサーDM7シリーズにAssist機能が搭載され、ミキシングのワークフローに対して信号処理や機械学習を利用して機械が人のお手伝いをできるようになりました。Fader AssistやHA Assistは音の大きさ調整に関わるお手伝いです。ただ単に音量を評価して目標値となるようにある調整をする、といえば簡単に聴こえますが、ここでは数学的な最適化理論を活用することで、前述の「目標値となるようにする調整」を実現しています。
このように最適化理論という数学的手法(科学)を、Fader Assistという技術へ利用することで、音楽制作をお手伝いする機器を実現することが可能となります。従いこれを敷衍すれば、ヤマハにおける信号処理・機械学習の研究とは、原理的な理解に依って立ち、理論をどのような技術として実現するのかを、音楽の領域へ翻訳していくことであるといえます。非音楽の領域で幅広く学術研究されている理論をきちんと理解し、音楽の領域でお客様に喜んでもらえる技術として活用・実現することが求められると言い換えることもできます。いくつになっても日々研鑽に変わりはありませんが、この姿勢で研究に取り組んでいる毎日です。
趣味と実益
趣味は10kmマラソンとアコースティックギターの演奏、クラフトビールを楽しむ、といったところです。ギターの先生曰く、左手はエンジニア、右手はアーティスト、だそうで、コードを押さえる左手が何となっても、右手の成す表現はとても幅広いバリエーションと繊細な動きが必要となり、そうそう上手くは弾けません。また、いくら演奏が上手くなっても、録音したものをどうミキシングするかには別の難しさがあります。ここにも日々の努力と経験が必要ですね。経験は一朝一夕には成らず、時間をかけるしかないものですので、焦らず急がず取り組んでいます。演奏したり、ミキシングしてみたり、という趣味の時間もどこかで仕事に活かせるのがヤマハという会社のいいところかもしれません。
このところは世界中のクラフトビールが手軽に飲めるようになりました。とはいえ、クラフトビールは地ビールと呼ばれることからも、地産地消に近いという点でクラフトビールの楽しみがあると感じます。浜松にはティルナノーグというベアードビールのビアパブや、オクタゴンやWCBという地ビールを楽しむお店があります。また、新幹線で隣接する豊橋にはToys Breweryというマイクロブルワリーがあり、水上ビルというレトロ感あふれる場所でビールを作られています。また、海外出張などでもクラフトビールの 楽しみはあり、たとえばNAMMショーの開催されるアナハイムにはバラストポイントのレストランがあり、アメリカンIPAを楽しむことができます(バラストポイントを知ったのは豊橋にあるシンノスケオーというクラフトビール専門店です)。海外出張とその土地なりのクラフトビール、というのも実益を兼ねた貴重な経験かと思います。
2024年現在
関連技術:音源分離・雑音抑制・残響抑制技術