研究者紹介:剣持 秀紀
| 所属 | 研究開発企画部 企画グループ |
|---|---|
| 業務内容 | 社内技術者交流イベントの企画・運営、音響事業内の技術開発のとりまとめ、社外との共創推進 など |
| 学生時代の専攻 | 電気・電子工学 (学士、修士とも) |
| 入社年度 | 1993年度 |
主な経歴
1993年にヤマハに入社し、初めは音響関係の研究開発に従事しました。1996年にL&Hジャパン(ベルギーのL&H社とヤマハの合弁会社)に出向してテキスト音声合成技術の開発に従事し、1999年にヤマハに復職しました。その後、音楽・音声信号処理技術の開発に携わり、VOCALOID(以下ボーカロイド)を開発しました。世間からはありがたいことに「ボーカロイドの父」と呼ばれています。現在は首都圏拠点に席を置き、社内への情報発信、社外との協業、マネージメントなどに勤めています。
< 注釈:ボーカロイドとは >
ボーカロイドは、メロディーと歌詞を入力することで、簡単に歌声を合成できる技術です。「人間のような歌声を自由に作れる」+「キャラクター」+「創作文化」というアプローチにより、音楽を作るという行為そのものを民主化し、音楽文化に新たな革命をもたらしました。
ボーカロイドの開発
2000年当時、楽器の音はデジタル機器によってある程度再現できるようになっていましたが、歌詞の付いた歌声だけは、充分なクオリティで再現できていませんでした。当時私の上司だった藤井茂樹さんが今後必ず歌声生成の需要が出てくると予想し、歌声合成の開発プロジェクトを立ち上げました。私もそれまでテキスト音声合成技術の開発に携わっており、音声に関する知識や勘所があったことから、開発チームに加わりました。開発はスペイン・バルセロナにあるポンペウ・ファブラ大学と、ヤマハ側は私を含めた4名の技術者で共同研究を通して行われ、人間の声を、音楽的に実用可能な高いクオリティで再現することを目指しました。
開発当初の音声はまだ機械的で、歌詞が聞き取りにくい、子音を再現するのが難しい、という課題がありました。各音素を繋げて合成していたのを、音素が次の音素に変化する部分に着目し、音素が変化するパートと伸ばし音のパートを繋ぐという合成方法で開発を続けたところ、5ヶ月後にようやく子音を含めた歌声を再現する事ができました。困難を極めた分、滑らかな子音を再現できたことはとても嬉しかったです。
そこから歌声合成システムの根幹部分の改良と、入力インターフェースの開発を続け、2年かけてプロトタイプを作成しました。このプロトタイプをもってヤマハ社内で製品化を検討したのですが、残念ながら断念することになってしまいました。しかし、歌声生成の需要は必ずどこかにあると信じ、製品化実現に向けて、自分の足で外部の会社を探し始めました。
そのような中、当時着メロ事業でつながりのあった、クリプトン・フューチャー・メディアさん(以下クリプトン)を紹介してもらう機会に恵まれ、プロトタイプのデモをしたところ、ありがたいことに非常に興味を持っていただきました。クリプトンの伊藤さんには内に秘めた熱い思いを感じ、この出会いはとても嬉しく、帰社後の出張報告に書いたくらいです。
ボーカロイドはクリプトンさんと協力して世の中に出すことになりました。さらに、クリプトンさんから紹介されたイギリスのZero-Gさんにも大変興味を持っていただきました。2003年に、VOCALOIDという名称で歌声合成技術を開発していることを社外に向けて発表しました。日本では2月に浜松商工会議所にて、海外では3月にドイツ・フランクフルトのMusikmesseにて発表しました。そしてクリプトンさんとZero-Gさんに技術とソフトウェアのライセンスを提供することが決まりました。
ボーカロイドの発表
1年後の2004年、ZERO-Gさんから「LEON」「LOLA」「MIRIAM」という製品が、そして日本ではクリプトンさんから「MEIKO」、発売されました。ただし、売上は芳しいものではありませんでした。今から考えると音声もまだ機械感が残っており、いくつかの雑誌からは酷評も受けました。そもそもコンピューターが歌うということ自体の価値をまだ充分に訴えられなかったのだと思います。
もっと品質を上げていれば、と申し訳ない気持ちになっていたところ、社内での開発チームも4人から2人に縮小されました。
当時の本部長だった新美幸二さんから、「細くても目標を立てて長く続けなさい」というお言葉をいただいたのですが、これは新しい分野こそ粘れ、というメッセージだと受け取りました。(なお、新美さんは私の大学・大学院の先輩で、なおかつ高校(清水東)、中学(清水七中)の先輩という、同じ経歴をたどってきた特別な存在です。)一朝一夕で新しい楽器や音楽がすぐ生まれてくることはない、自分を応援してくれる人がいると思い直し、ここで「ボーカロイドが商業音楽の50%に使われること」という目標を掲げ、再び研究開発に邁進しました。
商業音楽に使われる歌声にするためには、人間らしい声の追求が重要だと考えてきましたが、開発当初から、「息と声が混然一旦になっていること、それが人間らしい声なのではないか」と思いを巡らせてきました。最初のバージョンでは、サンプリングした歌声から息の成分を取り除き、後から再度加えていましたが、どうしても違和感が残っていました。そこで、共同研究を進めていたポンペウ・ファブラ大学とともに、息の成分を残したまま合成することができないか、開発を続けていきました。
ボーカロイドのヒット
その頃、クリプトンさんでは佐々木渉さんという方が入社され、ボーカロイドの担当になりました。伊藤さんや佐々木さんは、ニコニコ動画でボーカロイド「MEIKO」にヒット曲を歌わせる投稿を見て、このような界隈にニーズがありそうな気配を察知していました。ユーザーが勝手に作って勝手に盛り上がるような同人誌文化において、どんな歌を歌わせてみようかワクワクさせるキャラが必要なのでは、と伊藤さんと佐々木さんは考えていました。
伊藤さんと佐々木さんが創り出したのは、「透明感のある声を持った未来から来た少女、初音ミク」。最初は何のことなのかさっぱりわかりませんでしたが、何度も話すうちにようやく理解することができました。このコンセプトに共感して、私は伊藤さんと佐々木さんに賭けてみようと思い、音声の収録とボイスバンクの開発を支援してきました。
2007年8月31日、いよいよ初音ミクが発売されました。私はベルギーのアントワープにて、Interspeechという学会に研究発表で参加していた日でした。初音ミクは初日から売れ行きが好調で、学会のレセプション中に佐々木さんからその電話をいただいたことをよく覚えています。また、発売からしばらくして、動画サイトにボーカロイドを使った動画が続々と投稿されるのも目の当たりにしました。自分の手がけた技術が世の中に受け入れられて、使われて、たくさんの楽曲が生み出されるのを目の当たりにし、この仕事を続けてきて良かったと心から感じました。
未来からきた初めての音「初音ミク」は空前の大ヒットを遂げ、ボーカロイド文化を築きました。もし動画配信サイトの普及や投稿文化が1年遅かったら、この大ヒットは実現していなかったと思います。また、ヤマハだけではボーカロイドを外に出すことができなかったため、クリプトンさんと出会っていなければ、技術が誰の目にも触れないまま、潰えていたかもしれません。クリプトンさんという、ヤマハとは違う思考を持つ方々と一緒に新しい未来や文化を生み出したこと、それが一番の成果だと思っています。
若い方に伝えたいこと
この立場になると、よく若い方へのメッセージが求められます。私はプライベートでも(下手くそですが)アマチュアオーケストラを演奏しており、生の音楽を作り出す素晴らしさや、演奏の楽しさを知っているつもりです。 このことが深いところでボーカロイドの開発につながっていたと今では思っています。ジャンルを問わず今まで聴いた音楽や、それらの良さを体感してきたことが活かされたのではないかと思います。もし若い方に音楽関連の業務で言えることがあるとするなら、やはりいろいろな音楽に触れてほしい、音楽の素晴らしさを体感してほしいと思っています。
ボーカロイドで人間らしい歌声を再現するために、特に音が移り変わる部分を大事にしていました。歌詞がある歌の重要な部分は、音が移り変わる部分で、そこが人間らしさだと何となく感じていました。定常的なところだけでなく、時間的な変化が音楽の本質であると無意識に感じており、こういう感覚が開発やボーカロイドの成功に活きたのではないかと思っています。 開発当初、歌声を合成するという発想はSFのように受け止められました。しかし、歌というのはメロディーに加えて言葉も伝えるという、二重の感情伝達回路があること、それを誰でも作れるようにしたかったのです。
農業と開発
ここ数年、週末は父親の畑仕事を手伝っています。それを通して、農業と開発は似ていると思うようになりました。種を蒔いて、芽が出て、ちゃんと育てていれば、台風など何かトラブルがない限り、ある程度の確率で努力が報われて結果は出ると思います。しかし、毎日水撒いたり、丁寧に手入れをしたり、そういう丁寧な世話を怠るとモノにならないですし、しっかりやっていたとしても100%の成功は保証されていません。開発も同じようなものだと思っています。
ボーカロイドも真摯に研究を続けてきましたが、それだけではヒットにはならなかったですし、世の中に出ていなかったと思います。会社の外に出て、クリプトンさんと出会うことができ、一緒に新しいものを生み出せたことがとても大きいと思っています。外に出る、ちゃんと音楽を聴く。私はこれが重要だと思っています。