研究者紹介:松山 和馬

所属 研究開発統括部 基盤研究開発部 素材素子G
業務内容 音響複合素材の開発
学生時代の専攻 高分子化学
入社年度 2020年度

材料研究の取り組み

私は楽器用木材にフォーカスした、基礎的な材料研究に取り組んでいます。

ヤマハグループの主力製品であるピアノや弦打楽器・木管楽器は、多種多様な木材を用いて生産されています。かつて木材で作られた製品が次々と新素材へと転換していく中で、未だ楽器が天然木材を原料として生産される理由の一つに、木材の持つ特徴的で優れた音響性能があります。私は、多種多様な木材を扱う企業の研究開発部門として、木材に学び、木材を代替し、木材を凌駕する技術の開発に取り組んでいます。

我々の最も身近な材料といっても過言ではない木材ですが、セルロース繊維・樹脂・それらを繋ぎとめる糊の役割の物質などからなる、非常に複雑かつ緻密な構造を成しています。我々は木材を構成する「物質そのもの」と「木材ならではの構造」の両方に、特徴的で優れた音響性能を生み出すカギがあると考えています。

楽器に使われる木材 全ての始まりです
天然材料である木材は一つ一つ個性があります 小さな違いを見逃さない観察が大事

木材の本質に迫る

木材は「マルチスケール構造」と呼ばれる階層的な構造を持ち、各スケールの構造が性質に大きな影響を与えます。数センチ〜数ミリのスケールでは年輪や導管の配置、数百〜数十ミクロンのスケールでは導管や仮道管などの細胞構造が見られ、それらは主に物質輸送を担います。さらに、数百〜数十ナノメートルのスケールではセルロースミクロフィブリルが規則的に並び、木材の強度や柔軟性といった力学的特性に関与します。木材はこのように、ミクロからマクロまで多層的に組み上げられた構造によって、他の素材にはない独自の性質と機能を発揮しています。

木材は、我々人類が最も長い歴史の中で使い続けてきた、最も身近な自然素材のひとつですが、木材の物性がどのように発現し、それが最終的に楽器の音色にどう影響を与えるのかについては、いまだ解明されていません。私は、この未知の領域である木材の構造と音響特性との関係を科学的に明らかにすることを目的に、基礎からの研究に取り組んでいます。この研究によって、これまで経験や感覚に頼って選ばれてきた楽器用木材を、構造と物性に基づいて客観的に評価・定義することが可能になります。さらにそれは、希少な天然資源に過度に依存しない新たな材料開発や、持続可能な楽器生産の道を切り拓くと信じています。100年先の音楽文化を支えるための確かな基盤をつくるという信念のもと、木材に真摯に向き合い、その魅力と可能性を科学的に探究し続けています。

毎日木材と向き合っていると、日常生活でも自然と木材への関心が向きます。例えば、天竜の山間にあるカフェを訪れたときのこと。店内にあった大きな一枚板のテーブルに思わず見とれてしまい、材種や加工方法が気になって店員の方に声をかけてしまいました。話が盛り上がるうちに、木の知識をやたらと持っている私を、林業従事者か製材関係者と勘違いされたのも、今では微笑ましい思い出です。また、ある住宅メーカーの木造住宅見学会に参加した際には、いくつか提示された木材の中から「最も高価なものを当てる」というクイズがありました。多くの来場者が木材を手に取って比べていた中、私は触れることなく見た目だけで即答し、担当者を驚かせたこともあります。

研究開発した技術は、社内外への発信にも力を入れています。2025年8月に開催したYamaha Tech Showcase in Shibuya 2025(社外向け技術展)では、理系の学生や取引先、協業先の方々を対象に、木材のマルチスケール構造や音響特性に関する基礎技術について紹介しました。参加者との活発なディスカッションを通じて、木材研究の科学的な魅力を広く伝えるとともに、今後の連携や応用の可能性についても多くの示唆を得ることができました。こうした技術発信の場を通じて、木材の新たな価値を社会に提案し、持続可能な素材利用の未来を共に考える機会を創出しています。

人間の感覚も重要ですが、木材の性質を精密に測定しています
研究成果の報告等、ディスカッションを通して新しいプランが浮かぶ事があります

浜松での暮らし

私は静岡県浜松市で生まれ育ち、現在も浜松で働いています。浜松は、海・川・湖・山と、自然がすぐ身近にある場所です。季節ごとの楽しみも多く、お出かけが好きな私にとってはまさに理想の環境です。

一方で、浜松は自然だけでなく都市機能も充実しています。市内には新幹線の停車駅があり、東京や名古屋へも1~2時間でアクセス可能です。ショッピングモールや飲食店も多く、日常生活で不便を感じることはありません。市内の道路網もよく整備されており、自動車での移動もスムーズです。目的地までのアクセスがしやすく、ちょっとした買い物からアウトドアまで気軽に出かけられる点も、日常の快適さにつながっています。

また、生活費が比較的抑えられるのも、浜松で暮らす大きなメリットです。私自身、職場から車で20分ほどの場所に住んでいますが、広さや周囲の環境にも満足しています。生活に余裕があるからこそ、趣味の時間や家族との時間、そして研究に集中できる時間もしっかり確保できています。浜松は、文化・ものづくり・自然が融合した土地です。私はこの地に暮らし、働くなかで、地方都市ならではの豊かさと可能性を実感しています。

近隣の美味しいお店探しも楽しいです
写真を撮る事が好きで、近隣に沢山あるスポットをめぐっています

好奇心を尊重する環境と研究の風土

小さいころから自由研究が好きで、気になることがあると夢中で調べるような子どもでした。その性格は今も変わらず、木材の研究を続けながら、音や材料、さらには森林環境やものづくり文化など、分野を問わず興味の幅を広げ続けています。幸い、私が働くヤマハには、そうした好奇心を尊重し、自分の「やってみたい」を積極的に形にできる環境が整っています。

私の所属する研究部門では、一人ひとりの提案が大切にされており、自分自身が主体となって研究テーマを立ち上げることができます。与えられた課題をこなすのではなく、自分の興味や問題意識を出発点として研究ができる風土があるのは、大きな魅力です。また、周囲には木材、化学、音響、設計、AI、演奏、感性など、さまざまな専門性を持つ仲間がそろっており、困ったときにすぐ相談できる体制があります。木材関連技術者が2か月に一度集まり、部門を超えて研究・開発の情報共有を行う会議もあり、共通の課題についてアイデアや知見を持ち寄る機会にも恵まれています。

自由研究から広がる挑戦

私が日々の研究を進めるうえで大切にしているのは、「面白そうだ」「やってみたい」と感じたことに素直に向き合い、まず手を動かしてみる姿勢です。ヤマハの研究部門には、そうした好奇心を尊重し、個人の挑戦を後押しする文化があります。その象徴とも言えるのが、「自由研究」として自発的にテーマを掘り下げる時間が、制度として認められている点です。

この制度では、将来の業務に直接つながるものでなくてもかまいません。研究者一人ひとりの興味関心を出発点として、自由な発想を大切にすることが歓迎されています。試作や測定といった環境面でも柔軟に対応できるため、「ちょっと試してみたい」というアイデアがすぐに行動に移せることも、大きな魅力のひとつです。私自身もこれまでに、いくつかの自由研究的な取り組みに挑戦してきました。たとえば、焼き物(陶磁器)で木琴のような楽器を作る試みでは、粘土の種類や乾燥の仕方、焼成温度などの条件によって音が大きく変化することを実感し、最適な組み合わせを探る実験を繰り返しました。何度も試行錯誤を重ね、ようやく納得できる音が鳴ったときの感動は今も忘れられません。また、自社製の楽器をあえて購入し、パーツ単位になるまで分解して構造や加工の工夫を探るリバースエンジニアリングを行ったのも、大きな学びにつながる経験でした。

最近では、AIを使った倒立振子の制御に取り組んでいます。古典的な制御理論に加え、現代的なアプローチとして機械学習を組み合わせることで、より柔軟な制御を目指す試みです。ただ、私がAIの専門家ではないこともあり、この取り組みはなかなか思い通りに進んでいません。試行錯誤を重ねても思うような成果が出ず、正直なところ悔しい思いをしているのが現状です。それでも、まったく異なる分野の知見を研究に取り入れることで、これまでになかった視点が生まれる感覚には大きな価値を感じています。うまくいかないからこそ、学ぶべきことの多さや、挑戦する面白さを日々実感しています。

面白さに全力で向き合う

ヤマハという会社の中には「音」へのこだわりが息づいています。素材の選定や設計加工一つ取っても、「それがどう音に影響するか」「それがどう感じられるか」という視点が常にあり、単なる性能の追求では終わらない深みがあります。これは他社ではなかなか得がたい、ヤマハならではの文化だと感じています。

新しい発見に出会うたびに「面白い!」と感じるこの気持ちを、私は何より大切にしています。そして、その面白さを見逃さず、全力で向き合うことも常に意識しています。自分の中から湧き出す「なぜ?」「もっと知りたい!」という思いを燃料に、一つひとつのテーマに対して真剣に、そして全開で取り組む姿勢を大切にしてきました。これからも、楽しさと情熱を原動力に、深く、そして広く研究を続けていきたいと思っています。そして、同じように探究心を大切にし、ものごとに真摯に向き合う人たちと、ぜひ一緒に、音楽やものづくりの未来を拓いていけたら嬉しいです。

材料と音の複雑な関係を解き明かしたいです
優秀な仲間に囲まれてていることを感謝しつつ、とても仲良くやっています