管楽器演奏家のジストニア治療支援 ~浜松市リハビリテーション病院との協業~

ヤマハは、社会福祉法人聖隷福祉事業団浜松市リハビリテーション病院(以後浜リハ)と連携し、管楽器演奏家に見られる「ジストニア」などの運動障害治療における効果の定量化を目的とした協業を2023年より開始しています。治療やリハビリテーションは浜リハが担当し、施術前後における患者の演奏データ分析をヤマハが担当。これまでに10名の患者に対し、計80回以上のデータ取得と分析を実施してきました。従来、治療効果の把握には患者本人の主観や演奏音の定性的な評価が用いられてきましたが、データ分析による数値指標が加わったことで、より客観的に評価できるようになっただけでなく、患者本人の治療モチベーションの維持にも役立っています。

楽器演奏とジストニア

ジストニアとは体の一部の筋肉が強く緊張し、異常な姿勢や運動を引き起こす病的な状態です。脳の神経回路に問題が生じ、筋肉への指令に影響が及ぶことで、思うように体が動かせなくなったり、無意識に手足が動いてしまったりといった症状がでます。実は、楽器演奏を行う人々(プロ、アマチュア、学生)の中にもジストニアを患い「上手く指が動かない」「上手く吹けない」といった症状に苦しむ人がいます。海外のある研究* によると、ジストニアの有病率はプロ演奏家の1~数%に及ぶという報告もあります。
* Verena Eveline Rozanski.Dtsch Arztebl Int 2015; 871-7 Table1 Task-Specific Dystonia in Professional Musicians (21.12.2015)

演奏家のジストニアに対する治療やリハビリテーションを行う医療機関は、国内ではまだ多くありません。浜リハは音楽のまち・浜松市の医療機関として、無形文化財ともいえる演奏家を守り支えるため、2020年に演奏家の運動障害に特化した治療・リハビリテーション* を開始しました。
* 演奏家の運動障害診療 | リハビリテーション科 | 診療科・部門紹介 | 浜松市リハビリテーション病院

協業の経緯

2022年末、浜リハの作業療法士である安間真理子氏から当社に、管楽器の演奏動作把握に関する相談がありました。浜リハでは管楽器演奏家のジストニアを対象にした評価方法の確立を目指していましたが、管楽器は演奏動作の定量化が難しくヤマハと一緒に何かできないか、とのことでした。ヤマハでは管楽器の音分析技術、吹鳴動作を計測する技術やツール(SMARTMOUTHPIECE)を保有しており、これらが活用できるのではないかと考え、浜リハに提案。こうして、2023年4月より協業を開始しました。

スピード感のある分析対応を実現するため、診察・治療・リハビリテーションそして患者の演奏録音を浜リハ側で実施し、録音データをヤマハ側で分析し結果をグラフ化して共有するスタイルをとりました。ヤマハの分析結果は、治療方針策定の判断材料としてだけでなく患者本人への中長期的な経過フィードバック資料として活用されています。また、さらなる効率化を目指し、臨床現場でデータの取得から分析までを完結できる分析ツールの開発と環境整備を進めています。

SMARTMOUTHPIECE:ヤマハが開発、演奏音や吹鳴動作を計測可能
患者の吹鳴動作計測をする様子

ヤマハだからこそできる分析

ジストニアの症状は患者によって大きく異なります。そのため、治療やリハビリテーションではそれぞれのケースに応じた対応が必要となります。研究に協力いただける新規患者の初回診察時にはヤマハ側の担当者が立会い、どのような症状が演奏にどう影響を与えているのか、目と耳で確認したうえで、担当の医師と共に吹鳴タスク(分析のために患者に吹いてもらう短いフレーズなど)と分析方法を決めています。どのようなタスクで演奏音を取得しどのように分析すると効果的であるか、「音のヤマハ」が患者に寄り添って決めることが治療やリハビリテーションのカギとなります。

ジストニアは運動器官ではなく、外からは見えない脳の神経回路の問題であることから、自分の症状に対して思い込みが強かったり、診断に疑り深かったりする患者もいます。仮に症状が改善していても、定性的なフィードバックでは信用してもらえないことも少なくありません。そんな中、数値による定量的なフィードバックを示すと素直に受け入れられることが多く、治療継続の中長期的なモチベーション維持にも寄与しています。浜リハからは、「経過がグラフで分かるので把握がしやすい」「患者への説明がしやすくなった」という声をいただいています。

装具有だとロングトーンが長く吹けている また経過と共に改善している傾向が分かる
治療によって運指のスムーズさが改善している傾向が分かる

日本リハビリテーション医学会での発表

演奏のスムーズさを定量化し、治療効果の把握に役立った例として、クラリネット奏者での対応例を第9回日本リハビリテーション医学会にて共同で発表しました*。治療内容だけでなく、データ取得方法や分析方法への質問も上がり、有意義な学会発表となりました。

*「演奏音分析を用いた管楽器ジストニア患者の複合療法」
杉⼭善彦、藤島一郎、重松孝、小川美歌(聖隷福祉事業団浜松市リハビリテーション病院リハビリテーション部)、庄司哲郎、有元慶太(ヤマハ株式会社)、圖子怜央奈(愛知県立芸術大学)
第9回⽇本リハビリテーション医学会秋季学術集会

装具装着治療の例
第9回日本リハビリテーション医学会@旭川

世界中のジストニア患者の楽器演奏を支えていくために

私たちは今後も浜リハとの協業を継続しながら、ジストニアに悩む演奏家一人ひとりに向き合い、事例を積み重ねていく予定です。浜リハとは「演奏を続けたい」という思いに寄り添うという価値観を共有しており、時間をかけて取り組む意義のある協業だと考えています。

演奏家のジストニアは症状や経過が多様であり、治療やリハビリテーションの確立には継続的な検討と検証が欠かせません。私たちは、互いの専門性とリソースを持ち寄りながら、現場で得られる知見を大切にし、少しずつ理解を深めていくことを重視しています。

この取り組みを着実に継続していくことで、将来的により多くのジストニア患者の方々にとって、参考となる支援のあり方を示せるように努めていきます。