感性計測技術と共創による音楽づくり

想いからカタチ、そして音楽へ

ヤマハでは、人の感性や価値観を科学的に捉える「感性計測技術」を研究しています。この技術を応用し、たくさんの想いから、楽譜というカタチ、そして音楽へ。ブランドを体現する楽曲制作に、作曲や音響などの専門家たちとともに挑んできた研究プロジェクトをご紹介します。

背景

この取り組みは「楽器メーカーの直営店だからこそ、自分たちのオリジナルの音楽でお客様をお迎えしたい」という、ヤマハ銀座店スタッフの課題意識がきっかけでした。お客様に音楽を通してヤマハならではの体験をしていただきたい一そこで私たちは、ブランドショップに来店されるお客様や、そこで働く従業員の「多様な想い」を感性計測技術で可視化し、見えてきた要素やその関係性を織り交ぜることで、独自の楽曲を創ることにしたのです。場に集うさまざまな人に寄り添い、時を知らせる楽曲群として、「準備音楽」「開店音楽」「閉店音楽」の3つを用意することにしました。

研究プロジェクト体制

本プロジェクトはヤマハの研究開発部門が主導し、ブランドショップ関係者、東京藝術大学音楽環境創造科の亀川徹教授(音響学・録音技術)と丸井淳史教授(音響心理学・コンピュータ理工学)、作曲家の辻田絢菜さんとの共同研究により進めています。

東京藝術大学 音楽環境創造科
音楽を中心とした周辺分野の研究・教育を行っており、研究分野として、創作(作曲/メディア芸術作品/作品研究)、音響(録音/立体音響/音響・音楽心理)・アートプロデュース(マネジメント/文化研究/演劇・舞台)の3つがある。

辻田絢菜さん:作曲 / オーケストレーター
東京藝術大学音楽学部作曲科を経て、同大学院修士課程作曲専攻を修了。アコースティック楽器を中心とした作品制作を行う。演奏会向け作品から劇伴音楽まで幅広い表現形態に対し、現代音楽的なアプローチを生かし音楽の聴き方を拡張する表現を探求している。 ‘13年 安宅賞受賞、‘14年 第83回日本音楽コンクール作曲部門(オーケストラ作品)入選、岩谷賞(聴衆賞)受賞、‘15年 サントリー芥川作曲賞ノミネート ほか。‘18年 NHK委嘱によるオーケストラ作品がNHK FM「現代の音楽」にて放送初演。‘20年 テレビ東京「シナぷしゅ」にてアニメーションMV「んぱぱぱぴぴぴん」放送。

共創プロセスの探究

さまざまな専門家が集う「共創による楽曲づくり」という取り組み自体が、ヤマハにとって新しい試みでした。そこでプロセスを大きく4つのステップとして整理しました。

STEP1では、従業員インタビュー・顧客アンケート分析を実施し、感性計測技術を用いて制作のインプットとなる構造図を作成しました。STEP2では、STEP1の構造図をもとに制作方法を探索して楽曲を制作、STEP3にてその楽曲の演奏と収録を行い、ブランドショップへ実装しました。STEP4は、お客様に実際に音楽をお届けしながら、背景にある考え方やプロセスにも触れていただく段階としています。

STEP1. 「想い」の可視化

感性計測技術は、「感じ方」「嗜好」「価値観」など人の感性を可視化する技術です。今回はブランドショップに携わる従業員17名が語る想いと、お客様353名にご協力いただいた自由記述式のアンケートを対象としています。収集した膨大な「想い」一つひとつと丹念に向き合い、様々な切り口から分析・洞察を繰り返すことで、要素同士の関係を可視化して、構造図にまとめました。

STEP2. 制作方法の探索と楽曲づくり

当初計画した準備音楽・開店音楽・閉店音楽について、それぞれどのように制作していくか、丸井教授による先行研究や亀川教授の手がけた事例からの知見のほか、作曲家の辻田さんの考える実験的手法など、多面的な観点を持ち寄って議論しました。

その中で、まずは開店音楽から制作することにしました。作曲を中心に手掛ける辻田さんとは、STEP1の構造図とともに、ヤマハの歴史や現在の事業活動などを共有したり、一緒に店舗や工場へ足を運び、現場の空気感を直接肌で感じる時間を過ごしました。単なる情報のインプットにとどまらず、そこにある文脈をどう楽曲へ落とし込むか、対話と解釈を重ねてアイディアを練り上げたのです。その結果、楽譜の随所に作曲家直筆の解説が書き込まれ、多彩な仕掛けを手がかりに、どんな想いをどんな音で表現したのか、作曲の意図をたどることができる楽曲が誕生しました。

X:1つの色に染めない音の組み合わせ(=完全四度)のモチーフを使って、ヤマハが内包する多様なイメージを表現。
Y:音階のモチーフは、音楽教育を受けるとき多くの人が親しむ「ドレミファ~」の音階を、どこかなつかしく思い出せるように表現。
Z:上行の音階と対になるメロディ。メインテーマの中では、フレーズとして収束させる役割。

STEP3.ブランドショップへの実装

演奏は指揮の福井健太さんを筆頭に、音楽ジャンルを問わず、コンサートやライブでの演奏、スタジオ録音など、第一線で活躍されている34名のプロ演奏家の方々にご協力いただきました。私たちの取り組みを楽器からも感じていただけるよう、ピアノや管楽器、ギターなどをヤマハブランドで揃えるとともに、大正時代のヤマハ製足踏みオルガンの音色も重ねています。収録は東京藝術大学千住キャンパスにて、録音エンジニアでもある亀川教授を中心に行いました。

福井健太さん:指揮 / 音楽プロデューサー / サクソフォン・マルチリード奏者 / 指導者
静岡県浜松市に生まれ育つ。幼い頃から様々な音楽や楽器に触れ、中学時代にサクソフォンに出会う。東京藝術大学卒。須川展也さんにサクソフォンを師事。BRASS EXCEED TOKYO コンサートマスター。Zexpress Big Bandメンバー。Friends of Disney Band メンバー。B to E (バロックから演歌まで)をモットーに、国内外のあらゆるシーンで活躍中。音楽プロデューサーとして様々なアーティストのコンサートや作編曲にも携わる。「サックスをはじめよう」をはじめ、著書や監修楽譜も多く手がける。

ヤマハとオルガンの関係
ヤマハの歴史は、1887年に創業者・山葉寅楠が浜松の小学校から依頼され、1台の壊れたオルガンを修理したことにはじまる。寅楠は修理の過程で内部構造を模写し、その設計図をもとに自らオルガンを試作。当時の音楽取調掛(現・東京藝術大学)にその試作を持ち込むために、天秤棒でかついで箱根の山を越えたと伝わる話が、レリーフとして残されている。
ヤマハブランドの歴史:https://www.yamaha.com/ja/about/history/

演奏収録の様子
ミキシングの様子

収録音源を実際にお客様にお届けするために、ヤマハ銀座店で公開することにしました。この店舗で導入されている当社の音場制御技術「AFC(アクティブフィールドコントロール)」を活用し、音楽が確実に、なおかつ心地よくお客様の耳に届くよう、現場にて音量やバランス、空間配置を調整し、オーケストラとしての奥行き感を持たせつつ、各楽器の存在感が出るような音作りをしました。

完成した開店音楽は、ヤマハ銀座店にて3月12日(木)より新たに運用を開始し、スタッフとともにお客様を出迎えます。11時の開店3分前より流れ始め、1階エレベーター前にてお聴きいただけます。

プロジェクトと研究のこれから

現在は「準備音楽」と「閉店音楽」の制作を進めています。楽曲ごとの目的・役割にあわせたつくり方も試みており、完成した楽曲群は順次公開していく予定です。

このような共創プロセスの探究は、ヤマハにとって新しい研究テーマであり、その道のりはまだ始まったばかりです。今後さらに感性研究を強化しながら、多分野のクリエイターの方々と共創を重ねることで、プロセスの幅が拡がり、新たな価値をお客様に提供し続けることができると考えています。これからも私たちは、人々の多様な感性へ寄り添いながら、探索と社会への実装に取り組み続けます。