開封の瞬間をデザインする。
ヤマハ管楽器の新たな
サステナブル梱包箱への挑戦
環境負荷の低減と美しさの追求。
管楽器の梱包箱のデザイン刷新に込めた思い
「サステナビリティ」という言葉を見て、どのようなことを思い浮かべるでしょうか。
昨今の地球温暖化の状況に対する企業の取り組みはもちろん、使い捨てではない品質の高いものを手にすること、自分が選んだものを大切に使い続けることもサステナビリティに配慮した行動です。
私たちヤマハは、そんなサステナビリティへの対応のひとつとして、管楽器エントリーモデルの梱包箱のデザイン刷新を行いました。このプロジェクトには環境配慮のみならず、私たちのデザインや製造の技術、そして楽器を演奏するすべての人への思いと願いが込められています。
梱包箱のデザイン刷新で表現したのは、最初に楽器を手にする「ときめき」
楽器そのものではなく、購入から開封までのわずかな時間しか目に触れない──「梱包箱」とは本来そのような、はかない存在なのかもしれません。しかし梱包箱刷新プロジェクトのメンバーたちは、その一瞬にこそ心を動かす力があると考えました。
開けた瞬間「わぁっ」と心が躍るような感覚が、楽器を手にする最初の記憶として強く刻まれ、やがて音楽と長く深く付き合っていくきっかけになるのではないか。その思いが、管楽器エントリーモデルの梱包箱のデザイン刷新における鍵でした。
2025年に刷新された梱包箱のデザイン
刷新の対象は5種類の管楽器のエントリーモデル。実に16年ぶりとなるアップデートです。
梱包箱は「脇役」かもしれません。しかしその脇役がどのように開封の瞬間をお膳立てするのかによって、楽器の存在感はより引き立ち、受け取る側の印象も大きく変わります。単なる輸送用資材ではなく、誰かの音楽人生に寄り添い、その未来をそっと後押しする存在へ。「梱包箱」の価値を、このプロジェクトは改めて定義し直そうと試みたのです。
また企業として環境配慮は当然の責務である一方で、それに伴うコストの増加という課題に直面しがちなのも事実。
そのような制約下で、どこまで「心が動く体験」を演出できるのか。難題に挑んだメンバーたちは、何度も議論を重ね、試作を繰り返しながら手書きによるデザイン案、印刷の質感、印刷後の細かな表現などに至るまで細部を突き詰めていきました。
デザインを変えるなら環境によいものを
今回の梱包箱デザイン刷新のきっかけも、サステナビリティに対する意識の高い欧州の販売子会社からの要望からでした。店舗や展示会などで、箱に入った状態の楽器をそのまま展示することが多いなか、製品の一部としての見た目のアップデートが強く求められたのです。
従来の梱包箱(左)と刷新後の梱包箱デザイン(右)の比較
これを受けてヤマハ本社でも、「今の梱包箱でいいのだろうか?」「これからのヤマハらしさを、箱にも反映できるのではないか?」との声が徐々に広がっていきました。
追求したのは、「環境配慮(再生紙使用)」「コストを上げないための一色印刷」「高いデザイン性」という3つの要素を、すべて同時に満たすこと。
なかでも大きなハードルとなったのは、再生紙を材料とする茶色の段ボールへの一色印刷という仕様でした。
「限られた条件のなかで、いかに創造できるか」に挑戦する——その背景にあるのは、「どんな場面でも高い品質で応えたい」という、自らの仕事に対する強い誇りと責任です。だからこそ、見えにくい部分においても品質を追い求めることを諦めなかったのです。
若手もベテランも一丸となり、前例のないデザインの実現に挑戦
実際のデザイン開発は、デザイナー自身が行った開封体験での感覚をもとに進められました。
それぞれが楽器のユーザー目線に立ち、自ら梱包箱を開ける体験を行い、その印象や感じたことをデザインチーム内で共有する。「何を感じたか」「どんな瞬間に心が動いたか」「どんな印象が残ったか」。その一つひとつを丁寧にデザインへと落とし込んでいきました。
開封体験の様子。これから長く連れ添う「相棒(=楽器)」との初対面の瞬間を特別な体験にすることは、楽器、そしてヤマハへの愛着につながるのではないか、とプロジェクトメンバーは考えたという
ポイントとなったのは、金色や銀色に光り輝く楽器そのものの美しさ。パッケージに楽器の絵がリアルに描かれすぎていると、楽器と初対面した際の感動の振れ幅が小さくなることに気がつきました。
だからこそ、あえて抽象度の高いデザインにして、感動の余地を最大限残しておきたい——そう考えたデザイナーの提案を受け、プロジェクトメンバーは楽器のデザインを象徴的に際立たせるアプローチを選択しました。
ダンボールの印刷でありながら、あたかも半透明のアクリルケースに楽器が入っているかのようなデザインには、こうした背景があります。
デザインのポイントとなったのは、「全貌をあえて見せすぎない」こと。グラデーションで徐々に消えていく絵柄、ぼけ具合によって、開封までの期待感、感動の余白を演出・表現することを追求した
しかしながら、スタンプのようにデザインを押し当てていく手法の「フレキソ印刷」では、繊細なニュアンスを要求するデザインを印刷することは容易ではありませんでした。インクがにじみやすく、細い線は潰れやすい。発色も限られ、一般的なカラー印刷のような自由度はありません。
それでも、環境への配慮として採用された再生紙と、より環境負荷が少ない水性インクを使用した「フレキソ印刷」の採用は譲れないポイントでした。限られた条件の下でどこまで美しさを表現できるか、試作と検証が幾度となく繰り返されました。
非常に難しい仕様で、現地サプライヤーからフレキソ印刷を諦める提案も出たものの、開発、デザイン担当は粘り強く検討を続けました。その結果、満足のいく仕上がりを得られたのです。
初期段階の印刷試作。輪郭の境界がはっきりと出すぎてしまっている
また楽器の設計者との連携も不可欠でした。
今回の梱包箱はアルトサックス、テナーサックス、フルート、クラリネット、トランペットの5種類の各複数品番を対象とし、それぞれの楽器の特徴を捉えた見せ方、内部の仕切りと楽器本体のズレの調整を、デザイナーと設計者が直接顔を合わせて何度も対話しながら詰めていきました。
技術者たちの視点を取り入れながらデザインを完成させたことで、デザインの質をさらに押し上げることができました。
こうしたこだわりは外部からも高い評価を受け、世界的に権威のあるパッケージデザインコンテスト「ペントアワード2025」で金賞を受賞しました。
試作段階の梱包デザインの変遷。度重なる試行錯誤を経て、「ぼんやり見えるたたずまい」というデザインの印刷が実現した
梱包箱が体現したヤマハのデザイン哲学
楽器、特にアコースティック楽器は、長く愛され、親から子へと世代を超えて関係を育むことができます。その価値にふさわしい梱包箱とは何か。私たちは、梱包箱もまた企業の姿勢を伝える表現の場であると捉え、理想的な形を模索し続けてきました。
そのなかで重要な指針となったのが、ヤマハのデザインフィロソフィーです。
「Integrity(本質を押さえたデザイン)」「Innovative(革新的なデザイン)」「Aesthetic(美しいデザイン)」「Social Responsibility(社会的責任を果たすデザイン)」「Unobtrusive(でしゃばらないデザイン)」——この5つの要素を柱とするこの考え方は、ヤマハのデザインを手がけるデザイン研究所が長年培ってきた価値観であり、企業理念とも強く響き合っています。
今回の梱包箱には、その5つの要素すべてが息づいています。特に象徴的なのが「Unobtrusive(でしゃばらないデザイン)」。主張しすぎることなく、しかし確かに佇むその箱は、なかに収められた楽器を静かに引き立て、楽器との出会いの瞬間に小さなときめきを添えます。
また異なる楽器の箱がランダムに並んだときのリズム感、同じ種類の箱が整然と並んだときの静けさ──今回刷新されたデザインは、そのどちらの美しさも兼ね備えたものに仕上がりました。
表面的な見栄えではなく、見る角度や状況によって異なる表情を見せること。そこにこそ、ヤマハが目指した梱包箱としての豊かさがあるのです。
シンプルさのなかに技術とアイデアを詰め込んだ梱包箱は、段ボールの再生紙原材料の状態によって個体差が生じる。プロジェクトチームは、その顔つきの違いを「個性」ととらえてもらえるよう願いを込めた
この梱包箱を手にされるお客さまの多くは、人生で初めて自分の楽器を手にする瞬間を迎えられることでしょう。
だからこそ、ヤマハは梱包箱に「最初の出会い」を演出する役割を託しました。箱を開けた瞬間、「これが自分にとっての運命の楽器だ」と感じられるような、そんな温もりと力強さを、さりげなくも丁寧にデザインへ落とし込んだのです。
音楽を愛するすべての人の人生が、より豊かで彩りあるものになるように。その思いを、これからも変わることなく形にしていきます。