楽器メーカーが
社会にできること。
沖縄三線文化を
「モノ」と「ヒト」から
ひも解く試み

[メインビジュアル] 店頭に並ぶ三線、三線職人、ヤマハ社員、演奏者からなるキービジュアル

世の中の多様性・持続可能性に対する関心や重要度が大きく増している今、ヤマハも「社会に何ができるのか」を問われているといえます。

そうしたなか、地域文化の価値、重要性を見直す動きが活発化しています。音楽文化におけるグローバル化や技術発展が進む時代において、その土地や地域の文化を豊かにしてきたものを改めて見つめ直し、その固有性・独自性を深く理解することは、世界の音楽と文化の多様さに目を向けることにもつながります。

音楽や楽器を通して、あるいはこれまでのヤマハの事業領域に限らず、人々の営みに深く関わり、多様な文化に寄与する。そうした活動によって、社会と文化の持続的な発展、音・音楽を通じた「こころ豊かなくらし」を実現することができるのではないか——。私たちヤマハはそう考え、とある地域文化に関する取り組みをはじめています。

沖縄三線の文化継承に携わり始めたきっかけ

沖縄を象徴する伝統楽器「三線」。沖縄県では一世帯あたり0.79挺の三線が保有されているとされ、県外でもその音色を含めて広く認知を得ています。その反面、製造や流通については課題を抱え続けていました。

例えば、沖縄の職人の手で作られた三線と、市場に流通する約7割を占める安価な海外産の三線とのすみわけは重要な課題の一つです。さらに、職人の後継者不足、三線の材料である「黒檀」の枯渇も大きな問題となっています。

[図] 三線に関する情報。3世帯に2世帯が三線を保有。県内産の三線は約2割。職人の後継者不足。伝統的な木材である黒檀の枯渇

そうした現状に危機感を覚えた沖縄県三線製作事業協同組合(三線組合)が中心となり、科学的な視点で三線の特性をひも解くプロジェクトがスタートしました。

プロジェクトには琉球大学、沖縄県立芸術大学、沖縄県立博物館・美術館が参加するほか、東京文化財研究所がアドバイザーとして関わり、専門的な知見が提供されることになりました。そしてヤマハは、三線組合からの依頼により楽器と感性研究のプランニングおよび技術提供という立場で参加しています。

[図] プロジェクトには三線組合、琉球大学、沖縄県立博物館・美術館、沖縄県立芸術大学、ヤマハが各専門分野で参画

沖縄の職人によって生み出されている価値とは何か。沖縄の人々の精神性と深く結びついている「黒檀で作られた三線」には、どんな特徴があるのか。

このプロジェクトのテーマは、職人や演奏家の世界で感覚的に共有されていたことを客観的・科学的に分析し、長い期間を経て形を変えながら受け継がれてきた「本質的な三線の魅力」を明らかにすること、そして文化の未来を創造することであると私たちはとらえています。

[写真] 三線が作られる過程の様子

背景には「技術で文化と社会に貢献する」意識の高まりが

ヤマハはこれまでも楽器メーカーとして、「モノ(楽器)」と「ヒト(感性)」の研究を進めてきました。そうして蓄積してきた知見やノウハウを活かし、技術的な側面から研究を推進することが今回のプロジェクトにおけるヤマハの役割です。

三線にまつわる「伝統」のあり方は、「変えずに守る」というものではありません。その背景にあるのは、沖縄の人々が長い歴史の中で培ってきた、視点を外に開き、多様な人々を巻き込む姿勢。だからこそ三線に関わる課題解決に対しても、さまざまな領域の専門家を巻き込み、総力をあげて立ち向かおうとしているのです。そしてその姿勢は、ヤマハが共感を持ったポイントでもありました。

[写真] 三線職人の話を聞くヤマハ社員

三線の世界もまた、近年のグローバル化の影響を強く受けています。安価な海外製三線が出回るなか、沖縄の職人が生み出す価値に迫る取り組みは、地域に根差した伝統文化を見つめ直すことにもつながります。

今回のプロジェクトは、普段は西洋楽器を扱っているヤマハにとっても「伝統と革新」や「音楽文化の多様性」への気づきをもたらし、「技術で文化と社会に貢献できるのだ」という自らの可能性に確信を持つきっかけとなりました。

[図] 文化と社会に貢献するためのモノとヒトに関する研究イメージ図

ヤマハが提供した技術と知見

今回のプロジェクトでは、ヤマハの多様な技術や知見が活用されています。

計測の対象は、木材などの材料・素材、三線という楽器そのもの、職人の製作における感覚、演奏家や職人が音色をどう感じ表現するかなど、多岐にわたります。

[図] 沖縄の音楽文化をモノとヒトの観点から分析し、計測内容からアウトプットを創出するまでの概念図

ヤマハが保有する技術を総動員し、私たちがこのプロジェクトにどのように携わったのか、その具体的な研究内容の一部を紹介します。

まず「材料」に関する研究について。ここではヤマハの木材の分析技術を活用し、さまざまな樹種を計測・分析することで、三線の材料にとって重要な特徴を明らかにすることを試みています。分析対象となった木材は、伝統的な材料だけでなく、これまで三線に使用されていなかった国産の木材や、ギターやクラリネットなどの西洋楽器で使用される木材も含みます。

[写真] ヤマハ社内で木材に関する調査の様子

三線の「ふるまい」を可視化するにあたって用いたのは、ヤマハの楽器の分析技術でした。楽器そのものの仕様の違いが音や振動に与える影響を計測・分析することで、三線の楽器としての挙動を科学的に明らかにしようと試みています。

[写真] ヤマハの計測機器を使用して三線のふるまいを調査する様子

地域文化と密接に関わり合うこのプロジェクトにおいては、職人ならではの製作技能を可視化することも重要な点でした。例えば「皮の張り加減」のように繊細な感覚によって調整されるものに対して、物理・心理の両側面からその関係をひも解いて可視化することにも、ヤマハの研究を活用しています。

[写真] 職人が三線にヘビ皮を貼る様子

また音色や演奏で得られる体感など、三線にまつわる演奏家と職人の共通認識を構築することにも取り組んでいます。ここでは、演奏家と職人それぞれが用いる多様な表現語を収集・整理し、沖縄ならではの語彙も含め、両者をつなぐコミュニケーションツールとしてまとめることを目指しています。

これらの技術や知見は、もともとヤマハ社内の楽器作りのために蓄積されてきたものですが、本プロジェクトではあくまでも課題に直面する沖縄三線のために活用することが主眼です。自社で製造していない楽器について研究するという意味でも、今回のプロジェクトはヤマハにとって前例のない試みといえます。

研究を通して、文化に生きる人々とともに未来を創っていく

ヤマハはこれまで三線の製造や教育等に携わった経緯はなく、その意味で文化の当事者とはいえないでしょう。しかしこのプロジェクトにおいては、第三者という関係性、あるいは単純に研究者という立場から関わっていたわけでもありません。

ここでは、研究と文化創出はセットであるということ、そしてそれらを作り手・担い手など、「文化に生きる人々」とともに推進することを大切にしています。

私たちは、ヤマハの研究が「文化の未来」の一部になっていくと信じています。プロジェクトを通じて得られたものを、文化に生きる人々の手で自ら具現化していく——。それによってはじめて、本当の意味でプロジェクトの成果が世の中に根付いていくと考えています。だからこそ、研究成果を提供するだけという関係性ではなく、ともに創る姿勢を重視しています。

[写真] ヤマハ社員が様々な立場の参加者と議論する様子

そしてなにより、職人・演奏家・研究者・楽器メーカーそれぞれの立場から情報共有、議論を密に行うことで促される「知の結合」が、このプロジェクトにおいて重要なポイントでした。

例えば、ギターやドラムなどの楽器と比較することで得られた三線のふるまいについての考察も、楽器メーカーという立場だからこそ提供することのできた知見といえます。

このように三線という楽器をきっかけに、自社の多岐にわたる研究テーマをさまざまなアプローチで活用することは、ヤマハにとって数多くの発見をもたらしました。そしてそれ以上に、この取り組みを通じて自分たちを見つめ直すだけでなく、ヤマハの未来を考えるきっかけを得られたことも、本プロジェクトの大きな特徴です。

地域文化と深く関わることで見えてきたこと

このプロジェクトを通じて、ヤマハの「技術」によって社会に貢献できる可能性が無数にあるということ、地域文化の作り手・担い手の方たちが私たちの技術や研究を歓迎してくれるとわかったことは大きな収穫でした。

また一方で、三線とその中に生業を持つ人たちと深く関わることを通じ、私たちが普段いかに「楽器」を中心に物事を捉えていたかにも気づかされました。そして楽器というものが、「文化や人々の営みの一部として息づいている」こと、背景や歴史をふまえて文化と向き合うことの大切さを改めて実感しています。

[写真] 演奏家が伝統音楽を演奏する様子

私たちの「モノ(楽器)」と「ヒト(感性)」の研究は、地域文化の課題解決に役立てることができる——。沖縄の三線プロジェクトを通じて得られた手応えは、今後、ヤマハが技術を通じて社会の課題解決・社会貢献の手法を模索する大きなヒントになりうると考えています。

三線という楽器、演奏家や職人といった担い手・作り手と真摯に向き合い、楽器と人の関係性、背景にある歴史と文化、そしてその文化の中に生業を持つ多様な人たちと交わることで得られた成果は、他の楽器や領域へ展開可能な高い普遍性がありました。

その可能性を広く追求していくためには、「地域とともに文化をつくっていく」「研究することは文化の未来の一部をつくる活動」という視点を持つことが大事であり、それこそが「技術で文化と社会に貢献する」にあたってのあるべき姿勢だと信じています。

これからもヤマハは、社会と文化の持続的な発展、音・音楽を通じた「こころ豊かなくらし」の実現に向けて、さまざまな活動を展開していきます。

[写真] プロジェクト関係者の集合写真