戦地のオペラハウスに5点の楽器が到着

ドバイ拠点の貢献とウクライナ人従業員の思い

戦時下でも公演活動を継続するウクライナ最古のオペラハウス「国立オデーサ歌劇場」にこの秋、ヤマハの楽器が無事、到着しました。ハンドメイドフルートとカスタムオーボエが2本ずつ、そして、合奏に温かな音色をもたらすマリンバ1台。長引く紛争の影響で楽器の購入や手入れが滞っている歌劇場からの要請に応え、ヤマハが寄贈したものです。現地からは団員たちの喜びの声と、「戦禍の聴衆に音楽を届け続ける」という決意の言葉が寄せられました。

[メインビジュアル] 届いた楽器を演奏するオデーサ歌劇場の団員たち

現地の決意「聴衆に喜びもたらす」

ヤマハから贈られたフルートに、すでに愛着がわいています。その輝かしい音色はオデーサでともに音楽を奏で続ける仲間たちにも、その演奏を待ちわびる聴衆にも喜んでもらえると確信しています。(首席フルート奏者:キリロ・ウスティノフスキーさん)

正確なイントネーションのおかげで、長時間の連続演奏でも疲れないし、どんな強さで吹いても素晴らしい音が鳴ります。こんな状況下で自分の期待を超えるオーボエに出会えるなんて、夢のようです。(首席オーボエ奏者:イヴァン・チュマチェンコさん)

今回の寄贈によって手にした素晴らしい楽器で、戦禍に見舞われるウクライナの聴衆に喜びをもたらすことができ、感謝の気持ちでいっぱいです。(首席パーカッション奏者:スブヤトスラフ・ヤンチュクさん)

今回、楽器の選定や現地への輸送を手掛けたのは、東欧地域を管轄するドバイの販売会社「ヤマハ・ミュージック・ガルフ(YMGF)」。自身も10年前に戦禍で故郷を追われたウクライナ人従業員が、オデーサ歌劇場とのやり取りを担いました。彼ら現地スタッフの思いとともに、戦地の音楽文化を支え続けるヤマハのストーリーを紹介します。

[写真] 楽器寄贈に奮闘したヤマハミュージックガルフスタッフの2名

元プロ奏者 生きた人脈と経験

「祖国のシンボル」「音楽的建築遺産」「特別な舞台」——。オデーサ歌劇場を形容するイリヤ・フェドラクの言葉には現地へのリスペクトがこもっている。YMGFで楽器寄贈の実務を担ったイリヤはかつて、ウクライナの名門楽団に所属するプロのトランペット奏者だった。

[写真] ウクライナでのプロ奏者としての活動を振り返るイリヤ・フェドラク
ウクライナでのプロ奏者としての活動を振り返るイリヤ・フェドラク

「オデーサ歌劇場に楽器を送ることが決まった時、大きな喜びとともにプライドと責任を自覚しました。オデーサの団員の中には長年の知り合いや大学の同級生もいて、自分のつながりや経験を生かせると思ったからです」。

2014年に始まったドンバス戦争の激化により、28歳で演奏活動の拠点だった東部の都市ドネツクを離れて10年。2017年から働くYMGFでは主に管弦打楽器の販売に携わりながら、ウクライナの音楽学校へのトランペット寄贈といった支援活動にも参画してきた。

そんなイリヤでも、苦境にあえぐ祖国で音楽の灯をともし続ける名門オペラハウスを支援できることには、これまでにない胸の高鳴りを覚えたという。

「オデーサ歌劇場は常にウクライナの音楽の象徴的な存在であり続けています。学生時代に訪れた時には、その存在感に圧倒されました。そんな歌劇場が希望とより良い音楽を取り戻すために少しでも協力できることがうれしかった」。

現地の苦難 音楽家も兵士に

[写真] 輸送手段の検討に携わったコンスタンティン・シヴァコフスキ
輸送手段の検討に携わったコンスタンティン・シヴァコフスキ

イリヤが担当したのは、歌劇場の音楽マネージャーとメッセンジャーアプリを通じて連絡を取り、現場の要望をくみ上げながら寄贈楽器を調達することだった。当初、現地から送られてきたのは膨大な希望楽器のリスト。その数の多さに現場の苦難が透けて見えた。知己の団員らともやりとりする中で、楽器を置いて戦場に向かった音楽家が数多くいることも知った。歌劇場バレエ団のダンサーの一人も兵士となり、最前線で命を落としていた。

「私たちの力ではどうすることもできないことばかり。でも、だからこそ、私たちの手の届く範囲で最善を尽くさなければいけないと思いました」。

優先度の高い楽器を選定し、各地のヤマハグループ企業に掛け合って寄贈品を用意した。続く大きな課題は、適正な輸送手段を見つけた上で通関をクリアすること――これこそが今回のプロジェクトの最難関だった。

二つの戦争の影響 輸送に苦心

寄贈の話が具体化した2023年秋、イスラエル・ガザ戦争が勃発。この影響は非常に大きく、ドバイ-オデーサ間を最短距離で結ぶスエズ運河経由の通常ルートが使えなくなった。加えて、ウクライナの港につながる黒海の一部も封鎖されていた。イリヤらは必死に情報を集め、南アフリカの喜望峰を経由する海路でルーマニアに上陸し、そこから陸路でウクライナに至るルートを活用することを決めた。

次に苦労したのは通関の問題だった。戦時下ということもあり、「寄付品」として楽器を持ち込むことには慎重な対応が必要となる。イリヤとともに今回の楽器寄贈に携わり、輸送手続きを担当したウズベキスタン出身のコンスタンティン・シヴァコフスキは「受け取り側の歌劇場が余計な税金を払わなくてすむように、最適な手段を慎重に検討する必要があった」と当時を振り返る。

当初有力視していたウクライナ国内の販売代理店との連携を断念した後、紛争地域を支援するチャリティーファンドにも掛け合った。しかし、窓口となっていた担当者と連絡がとれなくなり、その活用も暗礁に乗り上げてしまった。

専門業者の力も借りながら方法を模索した結果、歌劇場側でヤマハからの寄付受託の手続きを進めてもらうことが最も有効だと分かった。手探りの検討がようやく実を結び、2024年7月11日に出荷。5点の楽器は約3カ月の長旅をへて、ようやくオデーサへと到着した。

[写真] 届いたハンドメイドフルートを手に取る団員
届いたハンドメイドフルートを手に取る団員
[写真] マリンバを演奏し笑顔を見せる団員
マリンバを演奏し笑顔を見せる団員
[写真] カスタムオーボエの音色を確かめる団員
カスタムオーボエの音色を確かめる団員

「芸術の女神たちは決して口を閉ざすことはない」

今回の寄贈品目録には、オデーサ歌劇場が掲げるスローガンから引用した“The muses never remain silent!”という一文が添えられている。「芸術の女神たちは決して口を閉ざすことはない」。200年以上の歴史を持つオペラハウスの不屈の精神を象徴する言葉だ。

イリヤは祖国で音楽文化を紡ぎ続ける歌劇場の姿勢に改めて感銘を受けたと話す。

「ウクライナでは多くの文化施設が甚大な被害を受け、ミサイルによって完全に破壊された音楽施設もあります。それでもウクライナの音楽家たちは演奏を続けています。彼らはツアーを行い、楽器を鳴らし、音楽の精神を広めているのです」

だからこそ、強く思う。

「今回の楽器寄贈は、私たちの仕事の本当の意味を思い出させてくれました。ヤマハの役割は単に楽器を売ることではなく、音楽で生きる人々を支え続けることなのです」。

[写真] “The muses never remain silent!” というメッセージが記された寄贈品目録
“The muses never remain silent!” というメッセージが記された寄贈品目録