音楽ライター記事
いろいろある巨匠たちの趣味と余技
クラシックのアーティストは意外な趣味や嗜好を持っている人が多い。
いまや和食は大の人気者だが、ピアニストのウラディーミル・アシュケナージは日本で練習のあいまをぬって毎回カウンターにすわるほどのお寿司党。彼は初めて来日したころはまったく和食が食べられなかったが、2回目、3回目と回を重ねるごとに少しずつ食べる種類を増やしていったそうだ。いまでは特にハマチ、イクラ、ウニなどが好物だ。
ほかにも和食が好きな人はたくさんいる。指揮者のコリン・デイヴィスはうなぎに目がない。イギリスでも食べられるが高いため、いつもに日本に来ると食べためをしていく。
チェリストのヤーノシュ・シュタルケルは幕の内弁当が好きで、これを食べると舌も目も楽しむことができるとご満悦。
しかし、なんといっても指揮者のエリアフ・インバルにはかなわない。彼は泊っているホテルのまわりを徘徊しながらふつうの居酒屋を見つけ、「とろろ、納豆」などと流暢な日本語で叫ぶから、お店の人はびっくりしてしまう。彼は器にも興味を持っている。
居酒屋好きといえば、フルートのエマニュエル・パユ、ピアニストのフランチェスコ・トリスターノも負けてはいない。パユに聞けば居酒屋のメニューは何でもわかると、共演者たちは一目置いているほどだ。
トリスターノは和食のみならず、銭湯から布団で寝ることまで所望する日本びいき。一番の好物はユズ胡椒だというから驚き。
ピアニストのインゴルフ・ヴンダーも初来日のときからお寿司にハマり、ユリアンナ・アブデーエワはおそばにぞっこん。「ラーメンやうどんじゃないわよ。そばよ、そば」といって麺類の違いまで主張。
クラシックの世界にはスピード狂も多く、ヘルベルト・フォン・カラヤンが自分のセスナ機を操縦していたのは有名な話だが、あの宗教曲の大家、指揮者のヘルムート・リリングもスポーツカーでアウトバーンをぶっ飛ばすのが好きだという。
ピアニストのマルティン・シュタットフェルトも、愛車でアウトバーンを飛ばしているときが一番リラックスするという。
概して演奏家はスポーツ嫌いだが、例外もある。指揮者のフランツ・ウェルザー=メストはロンドン・マラソンに出たいとインタビューで語っていたが、走ることには自信がありそうだ。ヴァイオリニストのアン・アキコ・マイヤースは美容と健康のためにエアロビクスを欠かさないし、指揮者のトレヴァー・ピノックは小澤征爾と同じテニスの先生に就いている。
きわめつきはヴァイオリニストのユーディ・メニューインのヨガである。彼は本を書いたり、ビデオも出した本格派である。
料理好きも多い。指揮者のサイモン・ラトルは中華を得意とし、チョン・ミュンフンはイタリアンを好んで作る。ラトルいわく「気の合わない音楽家と出会うと、野菜をめった切りにしてウサを晴らすんだよ」とジョークとも思える話を聞かせてくれた。
ワイン好きもやたらに多い。ピアニストのヴァレリー・アファナシエフのように自宅の地下にワインセラーを作ったり、歌手のボー・スコウフスのようにブドウ畑を所有している人もいる。アファナシエフは日本の文学にも精通し、特に紫式部や清少納言に詳しい。
ピアニストのアルフレッド・ブレンデルは、アメリカの漫画が好きだといってこちらを煙に巻いた。
もっとも驚いたのは、チェリストのピーター・ウィスペルウェイ。彼は散歩が趣味なのだが、これがハンパではなく、新宿の宿泊先のホテルで地図をもらい、7時間かけて都内を延々と歩き、迷わずにホテルに戻った。
こういう趣味を聞いているとその人の人間性が垣間見え、演奏からヒューマンな味わいが聴きとれて興味深い。だが、「これといって趣味はないね。音楽がすべてだから」という人が多いのもこの世界の特徴だ。
クラシック その他 のテーマを含む関連記事
-
ライター記事 │配信日: 2012/10/ 4 NEW
世界中でもっともライヴを聴きたいと切望されているピアニスト、グリゴリー・ソコロフのCD&DVDが登場
長年、「幻のピアニスト」と呼ばれ、現在はヨーロッパで活発な演奏活動を行い、そのつど大きな話題を呼んでいるロシアのグリゴリー・ソコロフは、いま世界中でもっともライヴを聴きたいと切望されているピアニストではないだろうか。 もちろん、1990年以降は来日公演がないため、日本...
-
ライター記事 │配信日: 2012/10/ 4 NEW
シューマン、ベートーヴェン、シューベルトからの“特別”な3作品。 その豊かな響きから、作曲当時の彼らの心模様が鮮やかによみがえる
(取材・文/原納暢子)●天才たちのロマンチシズムに酔いしれる 若草色のロングドレスで伊藤恵が登場するや、開演前の緊張した空気が和らいで、ステージが春めいて見えた。誘われるように深呼吸して、演奏を待つ束の間もうれしい気分になる。 興味深いプログラム、何か意図があるのだろ...
-
ライター記事 │配信日: 2012/10/ 4 NEW
その夜、シューベルトの「無言の歌曲」はみごとに音となり、「純音楽的おしゃべり」が繰り広げられた
(取材・文/澤谷夏樹) ピアノ演奏にも流派があって、ヨーロッパ各国やアメリカの流れをくむ系統が、世界のさまざまな地域で綿々と受け継がれている。その中でも有力なのがロシアン・スクール。現在のロシア連邦で守られてきた演奏スタイルを継承する。出身演奏家それぞれの特徴は一様では...
-
ライター記事 │配信日: 2012/10/ 4 NEW
ピアノとバイオリンが放つ、デュオとは思えないスケール感に圧倒される
(取材・文/森 朋之) 塩谷哲(ピアノ)が古澤巌(バイオリン)を招いて行われたコンサート「塩谷哲 Special Duo with 古澤巌」。塩谷のオリジナル曲からA.ピアソラの「アヴェ・マリア」、A.ヴィヴァルディの「四季」より「冬」といった幅広いジャンルの楽曲によっ...
-
ライター記事 │配信日: 2012/10/ 4 NEW
世界有数のオペラハウス、コンサートホールで聴く音楽は、聴き手を異次元の世界へと運んでくれる
世界には高度な音響を誇り、威風堂々とした外観と凝った内装をもつオペラハウスやコンサートホールがいくつも存在する。 そのなかで、とりわけ伝統と格式を重んじているのがヨーロッパのオペラ界を代表し、イタリア・オペラの最高峰に君臨するミラノ・スカラ座である。 通常のオペラハウ...
-
ライター記事 │配信日: 2012/10/ 4 NEW
その演奏は、聴衆の想像力をかきたて、拍手も忘れるほどに心を奪った
(取材・文/原納暢子) クラシックは「題名のない音楽」が多いが、この日は「子供の領分」「展覧会の絵」などと「題名のある音楽」のコンサート。ピアニストのクシシュトフ・ヤブウォンスキが、1曲1曲の情景が目に浮かぶような演奏を終始展開し、品のいい安定感のある表現でホールを包み...