SPECIAL FEATURE 06
音のエキスパートとして車載オーディオで切り拓く新たな成長領域

[画像] 車載オーディオ
[画像] 車載オーディオ

楽器・音響機器に次ぐヤマハの第3の柱として存在感を強める部品・装置事業。中でも、車載オーディオは、国内外の自動車メーカーからの採用案件が拡大しており、電子デバイス事業の成長をけん引しています。
自動車メーカーに対しサプライヤーとして確固たる地位を築いた競合他社が存在する車載オーディオ市場に新規参入した当社が、なぜ数年間のうちに採用拡大や売上成長を実現できたのか。競争優位性を発揮するための戦略的なアプローチや、機動的な製品開発を可能にしたチーム体制についてレポートします。

機動性を重視した車載オーディオ市場参入戦略

電子デバイス事業部が車載オーディオのプロジェクトを立ち上げたのは2016年のこと。折しも自動車業界では、電動化や自動運転などの変革が大きな話題になっていました。「今後は車室空間の居住性、快適性が重視されるようになる。空間音響に関する技術的知見を持つ当社にとって好機だと考えました」と、2016年から電子デバイス事業を率いる鳥羽伸和は振り返ります。「これまでも半導体の信号処理技術を使った車向けの音質向上提案はしてきたのですが、半導体だけでなくアンプやスピーカーといった再生デバイスまで、一気通貫でソリューション提案をしなければ、私たちが提供したい音響体験が実現できないという限界を感じていました」。

 当社はホームオーディオ事業やプロオーディオ事業を長年手掛けており、電子デバイス事業部でも車載向け半導体を30年以上販売してきましたが、自動車メーカーへの車載オーディオ製品の提供はゼロからのスタートであり、大きなチャレンジでした。しかし、後発での参入のため、お客さまに受け入れられないという壁にぶつかりました。そこで着目したのが電動自動車(EV)の進化が著しい中国市場です。 「積極的に新しい機能を取り入れて差別化を図る気風が強い中国のメーカーであれば、私たちの新しい音や機能をご提案して参入のチャンスをつかむことができるのではないかと目を付けました」(鳥羽)。

 中国の自動車メーカーへは中国で生産した製品を納入する必要がありますが、現地に車載品質を満たす工場を持たない我々は、実績のある現地パートナーを活用するファブレス生産委託モデルを採用しました。「自社工場を作ると時間も初期投資も必要です。当社の持つ競争優位性を生かしながら機動的に事業を推進することを重視した結果の選択でした」と鳥羽はその合理性を強調します。

[画像] 鳥羽 伸和

執行役員 IMC事業本部長 兼 電子デバイス事業部長

鳥羽 伸和

「音」で車両のコンセプトを表現する

製品開発の現場では、開発・技術・営業・顧客体験の担当者からなるチームが試行錯誤を重ね、自動車メーカーに提示する音質や機能を作り上げました。「聞いた瞬間に『ワオ!』と心が震えるような、圧倒的な音質を追求しました」と語るのは、技術開発のグループリーダーを務める岡見威です。「実際に音を聴き、素晴らしい体験だと感動したお客さまがヤマハに心を開いてくださった瞬間が忘れられません」と営業のグループリーダーである坂口男守も強調します。

 「競合ブランドの車載オーディオとの差異化が必要でした。オーディオブランドの音の押し付けではなく、自動車メーカーがエンドユーザーに届けたい顧客体験を、企画段階からヤマハが共創するアプローチを取りました」と説明するのはプロモーションのグループリーダー辻川聡一です。「楽器の音を車室内で完全に再現するヤマハの技術と感性で、車種ごとのコンセプトに即した理想の音を提案しました」(辻川)。

 完成したデモカーを擁し、中国販売子会社であるヤマハ楽器音響(中国)投資有限公司(YMEC)のメンバーの支援も受けながら、プロジェクトチームは深圳から北京へと中国国内を南北に往復するキャラバンを断行。多くのメーカーから好評を得た中で、ユーザーへの新しい価値提供を模索していたある自動車メーカーへの採用がついに決定し、現在に続く成長への突破口を開きました。

[画像] 辻川 聡一 岡見 威 坂口 男守

電子デバイス事業部CX推進部 プロモーショングループ リーダー 辻川 聡一

電子デバイス事業部CX推進部 技術開発グループ リーダー 岡見 威

電子デバイス事業部営業部 営業グループ リーダー 坂口 男守

チームの連携による新規領域への挑戦

車載オーディオという新規事業に参入し、厳しい品質基準を満たす製品を開発、量産する体制を構築することは、総合楽器メーカーとして長い歴史を持つ当社にとっても大きな挑戦でした。成功の鍵は、組織機能の枠を超えた連携にありました。「ヤマハは自動車市場では新参で、競合のシェアを奪う立場。したがってお客さまから話を伺ってから動くようでは遅すぎます。お客さまの視点に立ち『刺さる』ものは何か、あらかじめ仮説を立てて提案するために、あらゆる角度から知恵を出し合い議論することが必須でした」(坂口)。「スピーカーの開発工程にチューニングの専門家が入って意見を出したり、営業メンバーも参画してお客さまが求める音を議論したり。異なるバックグラウンドを持つメンバーのコラボレーションの過程でさまざまな発見があり、新しい価値の創出につながりました」(辻川)。

 部門の枠組みを超えたチームのパフォーマンスを最大化する仕組みも、開発体制と並行して整備しました。「新規事業ではあうんの呼吸は通用しません。初期段階でチームメンバー同士の認識を合わせて課題を整理し、誰がどんな役割で動いていくのかを決める、そのプロセスがどんどん改善されていきました」と岡見は当時を振り返ります。「会社の規模の大小によらず、新規事業に関われるチャンスはそう多くありません。会社員人生で1回あるかないかの大きなチャレンジができることにわくわくしましたし、その思いをメンバー皆で共有できたことが高いレベルでの連携と志の高さにつながっているのだと思います」(岡見)。従来、ヤマハブランドが表に出ることがほとんどなかった電子デバイス事業において、会社のブランド価値に貢献できることが大きなモチベーションになったと坂口、辻川も共感します。

車載オーディオの主な採用車種(2024年3月末現在)

自動車メーカー 採用車種
中国メーカー ZEEKR 001(先代、新型)/001FR
009
X
007
上汽乗用車 MG ONE
MG5/MG5 Scorpio
広汽乗用車 EMKOO
M8
EMPOW
日本メーカー 三菱自動車 エクスフォース
トヨタ自動車 センチュリー
クラウン セダン

エンドユーザーの体験価値を追求

市場参入を果たしたヤマハの車載オーディオ事業は順調に成長しています。オーディオシステムが搭載された車両は、日中の自動車メーカーから計15モデルが発売され(2024年3月末現在)、実績を積み上げています。次世代自動車の開発競争が激化し、開発スピードも加速する中でその成長を持続するには、イノベーションが欠かせないと鳥羽は指摘します。「ハードウェアの機能を随時進化させるのはもちろんですが、エンドユーザーにとっての新しい体験につながる機能を次々に提案することが求められています。空間音響を制御する信号処理技術を持ち、それを支える自社開発のプロセッサーや自動チューニングツールなどを持つ当社は、迅速かつ機動的にお客さまのニーズに応えることができます」。

 2024年4月に発表した、AIを活用した車室音響の最適化技術「Music:AI」(下図参照)は当社ならではのイノベーションの一例です。流れている音楽の特徴をリアルタイムに解析し音響特性をチューニングできる技術で、これまでにない音響体験を可能とします。また、スピーカー数の増加はチューニングに要する時間を急増させ、自動車メーカーの開発期間を圧迫しますが、Music:AIの最適化機能によって開発工数の削減と期間短縮が実現できたと、お客さまから高い評価を得ています。

 技術が急速に進化し環境が大きく変容する時代に、変化の先行きを見通す重要性を岡見は強調します。「当社の生命線は、他社にはまねのできない最先端の音響体験です。どれだけ先を読んで、どれだけいろいろな開発を仕込み、お客さまへの提案につなげられるかを常に必死で考えています」。

Music:AI

[画像] Music:AI

車載オーディオ事業が創造する社会価値

アンプの低消費電力化やスピーカーの総重量の低減による低燃費化とCO2排出量削減への貢献は、カーボンニュートラル実現に向けてしのぎを削る自動車メーカーのパートナーとして必須の取り組みです。また、当社は音に関する技術的知見を活用した社会価値創造にも注力しています。例えば安心・安全という観点では、アクセルの踏み方や速度に応じて走行音を出すことでスピードを体感しやすい機能がすでに量産車に搭載されているほか、次世代自動車の標準仕様として国際的な導入が進む「緊急通報システム」向けの高品質通話モジュールが、国内外の自動車メーカーに採用され、順調に搭載車種が拡大しています。

 また「周囲の車や歩行者など、対象物の位置と動きに合わせて、運転者が認識する警告音の発生位置を移動させる運転支援技術も現在開発中です。危険を素早く認知できるよう、視覚を聴覚で補完して安全運転を支援したいと考えています」(鳥羽)。

[画像] ヤマハ車載オーディオが搭載された「ZEEKR001」

ヤマハ車載オーディオが搭載された「ZEEKR001」

成長に向けた新たなマーケットの開拓

車載オーディオ事業の持続的な成長に向け、現在当社は欧米およびインドでのマーケティングを強化しています。「現在、競合ブランドオーディオが席巻する欧米印市場でも、既存取引先にこだわることなく先進技術を取り入れたいと考えるお客さまが存在するはずです。中国や日本で一定の実績を積み上げた今、新たな領域を攻略する方法論を検討しています」と鳥羽は先を見据えます。「例えば当社単独でのアプローチが難しければ、補完的な機能を持つパートナーと連携して、スピード感のあるビジネス展開を目指します」。

 車載オーディオ事業の今後に、鳥羽は自信を示します。「当社が蓄積してきた音の知見を総動員して、自動車メーカーが作りたい音響空間を実現する。事業を推進する中で、そうした音のエキスパートとしての当社のポテンシャルに対するお客さまからの大きな期待を実感しています。当社にしかない総合力を発揮することでさらに車載オーディオ事業を伸ばしていきたい。成長可能な事業であると確信しています」。