誰もがライブで感動できる世界へ。
〈後編〉

JoAnn Rose Benfield/ASL(アメリカ手話言語)音楽通訳者

ろう者の「聴く権利」を勝ち取る日まで。

ASL音楽通訳と、手話を使って音楽を表現するパフォーマー。2つの顔を持つJoAnn Rose Benfieldは、どのように音楽と向き合ってきたのか。音楽に秘められた力、音楽に対する並々ならぬ情熱、ASL音楽通訳としてのビジョンについて、語っていただきました。

絆を生み出す音楽に魅せられた。

耳が不自由な家庭で生まれ育った私のそばにいつも音楽があったのは、音楽好きな両親のおかげです。音楽への関心は、いつも話題曲が流れている家庭環境で育まれました。そんな私が「音楽の生み出す絆」に惹きつけられたのは7歳のとき。ある音楽イベントでステージに立ち「手話と全身を使ったパフォーマンス」をやり遂げた私にオーディエンスはたくさんの拍手を送ってくれました。

当時、通っていた小学校にはろう者がほとんどおらず、孤独だった私は無意識に人から注目されることを望んでいたのかもしれません。いずれにしても、心から感動したこの出来事は、私にとっての音楽を特別なものにしてくれました。ちなみに、Michael Jacksonや Justin Timberlake、Madonnaなど愛する歌手はたくさんいますが、私が最も尊敬するのは母です。母もまた手話を使った音楽パフォーマーで、いつもステージで輝いていました。

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母、赤いサングラスの姉とともに。1~2歳当時のお気に入り写真。

人の気持ちを代弁し、心を浄化するのが歌詞。

ほかに音楽の魅力といえば、自分の思いを一方的に表現するだけでなく、他者と思いを共有できることがあげられます。歌声や楽器も音楽にとっては欠かせませんが、人生をもの語り、共感を呼び起こす歌詞は特に重要です。私がそう強く感じたのは、大切な人との別れを経験したときです。当時は喪失感に打ちひしがれ、身近な人以外とはまったく会う気がしませんでした。

そんな最中、自分を取り戻すきっかけを作ってくれたのは音楽です。ASL通訳をしたある曲の歌詞が私の悲しみを代弁していました。その上「以前よりも今のほうが素敵だ」と励ましてくれていることにも気がつきました。過去から立ち直り、自信を取り戻せたのはこの曲のおかげです。音楽は人の気持ちを浄化します。この経験のおかげで歌詞を通じて、思いを共有できるという確信が持てました。

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ニューオリンズのCats Meowが開催したカラオケナイトにて。

音楽への情熱が、私の原動力です。

もし、大好きなアーティストのコンサートに足を運んだのに、何も聴こえなかったらどう思いますか。誰ともその場を共有できません。ライブ体験からかけ離れた状況に置かれます。それが、ろう者の日常です。私の願いは、いつか、聞こえる人とそうでない人が、同じ体験を共有できる世の中にすることです。今はそのために、ASLの仲間たちと「聴く権利」を主張し続けなければなりません。私たちの現状を多くの人に知らせることが改善への第一歩だからです。

嬉しいことに、ASL音楽通訳者が活躍する場は増え続けています。それでも、まだまだ十分とはいえません。実際のところASL音楽通訳は、誰にでも担える仕事ではないからです。ASLが流暢なのはもちろん、ろう者コミュニティへの理解も必須です。最も大切なのは、音楽への並々ならぬ情熱を兼ね備えていること。私自身、これからも音楽への情熱を絶やすことなく、ASLでたくさんの人たちと音楽を共有していきたい。ろう者の「聴く権利」を勝ち取る日まで、これからも私は主張し続けていくつもりです。

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2017年に開催されたAustin City Limits music festivalで、クジラに関する民謡を通訳。

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JoAnn Rose BenfieldASL(アメリカ手話言語)音楽通訳者
テキサス州オースティン在住。生まれつき耳が不自由で、第一言語はASL。Gallaudet大学で プロダクション・パフォーマンス、英語、中等教育を専攻し、聴覚障害教育の修士号を取得。現在は、同大学の地域センターでアウトリーチディレクターとして勤務。また、AmberGProductions、Stardust ASL、SouluminationのASL音楽通訳者として活躍中。

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