音楽には、世の中を動かす力がある。
〈前編〉

森 正志/フェス、ライブプランニング・プロデュース

無限の可能性を秘めた音楽フェス。

アーティストが一同に会し、きらびやかなステージを繰り広げる音楽フェス。「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」での経験を糧に「ap bank fes」や「日比谷音楽祭」といった名だたるアーティストが登場する場を形にしてきた森正志氏は、どんな信念を持ってこの仕事に向き合ってきたのか。舞台の裏側に迫ります。

「何のために、どんなフェスをやるのか」を大切に。

現在、年に3~4本、多い年だと5~6本のフェスを手がけています。フェスづくりで重要になるのは、フェス全体をつかさどる事前制作だけではなく、現場におけるあらゆる仕事です。フェス自体は巨大な事業ですが、設営をはじめとした細かな作業や、多くの判断の積み重ねでできています。だからこそ現場には目を配りたい。フェスの魂は細部に宿るので、ここは人任せにはせず、スタッフとともに考えながら前に進みたい。僕自身も学生時代にフェスのアルバイトをたくさん経験してきたこともあって、現場でいろいろな判断を下すことの大切さを理解しています。

もうひとつ、フェスづくりで大切にしているものがコンセプトです。フェスはスポンサー企業や自治体、地域住民などたくさんの方々からの理解や協力があってはじめて成立します。彼らを巻き込みプロジェクトを推し進めるには「何のために、どんなフェスをやるのか」というコンセプトが必須です。これがアーティストとの出演交渉やフードの選定をはじめ、あらゆる意思決定のシーンにおいて大切な判断基準にもなります。僕にコンセプトの大切さを教えてくれたのが「ap bank fes」でした。

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フェスの打ち合わせでは、コンセプトに沿って出演アーティストやフードなどの選定について議論する。

「ap bank fes」は、人々の意識を環境問題へと向けた。

「ap bank fes」は、音楽プロデューサーの小林武史さんとMr.Childrenの櫻井和寿さんが中心となり、音楽を楽しみながら環境問題を考える場として2005年に始まりました。見どころは、ふたりがハウスバンド「Bank Band」のメンバーとして、ゲストアーティストを招いて繰り広げる豪華セッションです。ここでの収益は非営利団体「ap bank」を通じて公開され、環境プロジェクトへの融資や被災地の支援に活用されます。2006年から企画・制作を担ってきた僕が、特に重点を置いてきたのはフードエリアです。オーガニックフードやフェアトレードの出店にこだわったほか、リユース食器を全面導入しました。

環境問題に取り組む人たちの思いを届けるトークステージやパネル展示、ワークショップも開催しました。グリーン電力も採用しましたし、ごみを10種類以上に分別してもらうことで再利用先の認知度を高めるなど、環境問題を身近に考えるフェスへと進化させられたと思います。国内アーティストが社会問題に関するメッセージを発することが珍しかった当時、環境問題を中心に据えた「ap bank fes」は僕の価値観を変えました。僕の知る限り、それ以前のフェスは、バンド見本市としてのエンタテインメント性や、興行収入などを最優先にしていましたからね。音楽イベントを通じてなら、人々の社会問題に対する意識も変えられる。フェスは表現媒体として無限の可能性を秘めている。ここでそう確信しました。

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2018年の「ap bank fes」。ここでは日本各地に広がっている放置竹林を活用する取り組みとして「竹で遊ぶ!竹でつくるワークショップ」を実施。参加者は、竹を材料に水鉄砲や竹あかりをハンドメイドした。

人と人とをつなぐハブとなった「MAMEDAGIA FES」

もっと島を知ってもらいたい。島を出ていった若者が帰ってきたくなる場にしたい──。こうした想いを具現化したのが、2014年に隠岐の島で行われた「MAMEDAGIA FES」です。コンセプトはイベントのあり方を決めるだけではなく、出演アーティストやフードの選定基準にもなります。フェス飯には似つかわしくない大手ドーナツチェーン店を誘致したのも、このコンセプトに即しての判断でした。かつて隠岐の人たちにとってそのドーナツは、本州に出張したお父さんが買って帰る定番のお土産でした。しかしお父さんたちが通っていた店舗が閉店して以来、隠岐の人たちはドーナツとは縁遠くなってしまった。他県の私たちからすると「島でのフェスだから、海産物のフェス飯が盛り上がるはず」と思いがちですが、「MAMEDAGIA FES」では、このドーナツチェーンの出店に長蛇の列ができました。

テレビスターからロックバンドまでを出演アーティストに選んだのは、幅広い世代に楽しんでもらうフェスにするためです。井上順、GAKU-MC、OAU、My Little Lover、神聖かまってちゃん、ゴンチチ、キマグレンなど16組を招いた2日間は大盛況で、関係者や地元の方々からも大変喜ばれました。近年は町おこしのために音楽フェスを開催したいという話が増えています。ここでは普段すれ違うだけの地元の人たちが、フェスの運営をきっかけに結集しますし、町を離れていた人たちも観客として帰ってきます。フェスは人と人をつなぐハブになる。これも音楽フェスに秘められた力のひとつです。

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もっと島を知ってもらいたい。島を出ていった若者が帰ってきたくなる場をつくりたい。こうした想いから2014年に開催されたのが「MAMEDAGIA FES」だ。近年は町おこしを目的としてフェスが開催されることが増えている。

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森 正志/フェス、ライブプランニング・プロデュース
株式会社ザ・フォレスト代表取締役。株式会社ロッキング・オンのフェス事業部で「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」や「COUNTDOWN JAPAN」の企画制作に従事。その後、小林武史が代表をつとめ、Mr.Childrenなどが所属したOORONG-SHAで「ap bank fes」の制作統括を担う。独立後は「氣志團万博」や「日比谷音楽祭」といった大型フェスの企画制作や、Superflyのワンマンライブなどのステージ演出を手掛ける。

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