音楽教育によって、
スラムの子どもたちに生きる力を。
〈後編〉

高坂 はる香/音楽ライター

音楽によって、異文化交流をアクティブに。

クラシック音楽誌でインド特集を担当したことから、インドへの情熱が再燃。培ってきたクラシックの知識と人脈を活用して、スラムの子どもたちに楽器を教えるプロジェクトを立ち上げます。多くの時間と資金を投じてまで本プロジェクトに打ち込む氏の原動力に迫ります。

クラシックの世界で培った力を生かして、スラムを支援したい。

編集者として本格的に働き始めてからは、インドに関わる機会がほとんどなかった私に転機が訪れたのは2009年。当時手がけていたクラシック音楽誌で、インドとクラシックの関係を掘り下げる特集を組んだことがきっかけです。取材で久々に訪れたインドは学生時代と変わらず、私にとって刺激的な場所でした。パフォーマーのスラムにも顔を出すと、懐かしさを覚えるのと同時に、仕事に追われて忘れかけていたスラムへの思いが再燃。音楽誌で経験を積んだ今だからできる支援があるのではないか。そう帰国後も考えるうちに「パフォーマーの子どもたちにクラシック楽器を教える」というアイデアに行き着きます。これこそが、クラシックとインドの両方に深い関わりがある自分のやるべきプロジェクトだと確信しました。

すぐさま本業のかたわらで、知り合いの中から協力者を探していきました。ビジネスを興した経験のない私が持っているものはクラシックの知識と人脈だけ。現在もアーティストのつてを辿り、楽器の先生を紹介してもらいながら、体制を整えている最中です。何もかもが手探りなので道のりは遠いものの、これまでの経験をすべて生かせる仕事に大きなやりがいを感じています。

スラムに通うのに愛用していた自転車と、それを貸してくれた友人とともに。音楽誌でのアルバイトを通じて知ったクラシック界と、インドのスラムというふたつの世界のギャップを面白く感じながら、アルバイトとフィールドワークに打ち込んだ。

まったく新しい音楽を、このスラムから生み出したい。

2018年2月に、プロジェクトの下準備として、子どもたちを対象としたワークショップを実施して、彼らにバイオリンを触ってもらいました。やはりパフォーマー一族の子どもだけあって、みんな優れたセンスを持っています。慣れないクラシック楽器を手にしても、持ち前のリズム感や指先の器用さを発揮してくれました。今後は、クラシックの有名な作品に交えて、ボリウッドの楽曲も管弦楽器で演奏できるように指導していきます。スラムで生きる人たちにとっては、すぐに収入に繋がることが大事です。長く続けていくためにも、演奏しやすく聴衆からも人気なボリウッドの楽曲を取り入れることは有効といえるでしょう。

ゆくゆくは西洋クラシックのアンサンブル作品にもチャレンジしたいし、ただクラシック音楽を教えるのではなく、新しい音楽を生み出すきっかけを設けたいとも思っています。インドの伝統芸能が持つ独特のリズム感や即興性と、クラシック音楽との出会いは、思わぬ化学反応を誘発しかねません。どんな音楽が生まれてくるのか、まったく想像がつきませんが、一人の音楽ファンとして大きな期待を抱いています。

「面白さ」こそが、何にも勝る原動力。

なぜ、そこまでインドにこだわるのか。多くの人はそう尋ねてきます。答えはシンプルです。私にとってはインドが一番面白いからです。もし最初に訪れたのがアフリカだったら、そこで活動していたかもしれません。自分が楽しい場所で活動するからこそ、大きな苦労を感じることなく自分らしさを発揮でき、結果的に貢献ができる。支援を有意義なものにするためにも、面白さを原動力にすることが大事です。

大学院生だった頃に幼かった子どもの結婚式に呼ばれたので、インド服をまとって参列。写真右は結婚式のセレモニーのひとつで、一族の女性と子どもたちが新郎を囲んで歌って踊る。

私の感じる面白さが多くの人々に伝わっていくことで、プロジェクトは一過性のものではなくなり、大きな影響力を持ち始めたらと願っています。このプロジェクトに賛同する日本のアーティストや学生を巻き込んでいけたら素晴らしいですね。そこから、インドの子どもたちとの音楽を通じた交流が生まれるかもしれません。交流を深め、文化の違いを肌で感じると、双方へのリスペクトも芽生えます。音楽教育のプロジェクトを通じてここまでの成果を上げることができたら、こんなに幸せなことはありません。私の挑戦は、まだ幕を開けたばかりですが、夢はどこまでも広がっています。

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高坂 はる香/音楽ライター
フリーランスのクラシック音楽ライター。学生時代の旅行をきっかけにインドに関心を持つ。大学院では半年以上現地に滞在し、大道芸パフォーマーの集うスラムを研究。現在は、専門であるクラシック音楽をインドのスラムで教えるプロジェクトの立ち上げに尽力している。著書に「キンノヒマワリ ピアニスト中村紘子の記憶」(集英社)。

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