音楽とテクノロジーを活用し、
誰もが学べる社会に。
<後編>

Dania Murad/研究者

ラーニング×シンギング×テクノロジー

「音楽とテクノロジーとの融合に興味があった」と語るDania Murad氏が現在力を注いでいるのは「教育への音楽活用」です。音楽の力によって教育のハードルを下げ、誰もが等しく学べる社会を形にすることを目標とする氏の、現在の活動ぶりにフォーカスします。

「音楽をみんなのものに」をかなえるアプリ。

音楽を通じて人々の「健康」や「教育」に貢献することをテーマに掲げているのが、現在私が所属している「Sound & Music Computing Lab」です。このラボに入った2017年に私は「Motion Initiated Music Ensemble with Sensors」というプロジェクトを主導しました。これはギターやピアノ、ドラム、サクソフォンといったさまざまな楽器をバーチャルで奏でられるスマートウォッチのアプリです。時計をはめた側の手を動かすことによって、みんなでアンサンブルを楽しめます。

このプロジェクトのコンセプトは「Music For Everyone(音楽をみんなのものに)」です。こうしたバーチャル楽器であれば、演奏スキルを持たない人でも音楽を楽しめますし、アンサンブルをともにした人と人とを繋ぐこともできます。

また、いろんな楽器を取り揃える手間やコストが省けることも大きな利点です。とはいえ、このプロジェクトの主たる目的は音楽を通じて身体を動かすこと。楽器を奏でる行為が手足を動かすアクションへとつながり、健康促進がはかれるわけです。

スマートウォッチのアプリ「Motion Initiated Music Ensemble with Sensors」を用いたアンサンブルの風景。

教育機会の格差、国の違いなどを超えて、歌でみんなに教育を。

一方、現在進めているプロジェクトは「教育」にフォーカスしたものです。具体的には、音楽を通じて言語取得を促すもので、貧富の差や国の違いなどを超えて、教育を開かれたものにすることを目標としています。すでに「音楽と長期記憶の関係性」や「学習するメカニズムに、音楽やテクノロジーがどう貢献できるか」についてわかってきていることを「Using Music Technology to Motivate Foreign Language Learning」という論文(ホワイトペーパー)で発表しています。

世界には子どもに教育が行き届かない国がまだまだあります。私はそういった世の中を少しでも良くしていきたい。そんな思いが、私の研究を教育へと向かわせました。こうして私の研究は「ラーニング(学習)×シンギング(歌)×コンピューティング(テクノロジー)」の3つを、キーワードとするようになりました。この言語取得に関するプロジェクトも、シンガポールを皮切りにして、世界へ広げていくつもりです。

NUSの「Sound & Music Computing Lab」にて。エジプト、イタリア、中国、ニュージーランド、アメリカ、インドからやってきた留学生たちとともに「音楽とテクノロジーの融合」について研究している。

音楽には驚くほどの可能性が秘められている。

私にとって音楽とは、人と人とを繋げるツールであり、さまざまな思い出や経験、感情をありありと甦らせる引き金です。嬉しかったこと。寂しかったこと。楽しかったこと。悲しかったこと。一緒にいた人のこと。あらゆることを時空を超えて瞬時に引き出してくれます。一方では、ストレスや疲れから解放してくれる存在でもあります。

音楽にはたくさんの可能性があります。認知症やパーキンソン病、アルツハイマー病などに対して、音楽がポジティブな影響を及ぼすことも明らかになっていますし、楽しい曲や落ちついた曲が流れているお店は盗難に遭いにくいというレポートもあります。まだまだ明らかになっていない可能性だってあるでしょう。音楽に秘められた可能性は無限です。先述のプロジェクトに限らず私は「音楽」と「テクノロジー」を活用することで、教育のハードルを下げ、誰もが学べる社会を形にしたい。そうやって世界に対してポジティブなインパクトを与えていくことが私の目標です。

誰もが学べる社会を実現したい。音楽のポテンシャルを信じるダニアさんの目標はどこまでも広がります。

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Dania Murad研究者
2014年、パキスタン国立科学技術大学でコンピューター工学の学士号を取得。通信業界に2年間在籍した後、シンガポール国立大学サウンド&ミュージックコンピューティングラボの博士課程へ。「音楽とテクノロジーとの融合」と「教育への音楽活用」を研究する。

取材日:

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