音楽は、人を癒す力に。
<後編>

Jenny Lam/ミュージックセラピスト

ミュージックセラピストは生きがい。

すべての困っている人に救いを。赤十字での活動で培った信念を胸に、ミュージックセラピストとしての道を歩み始めたJenny Lam氏。自閉症の子どもや孤独に苦しむ老人をはじめ、たくさんの人を救ってきた氏は、「私自身も、音楽に救われたひとり」と明かします。

ミュージックセラピーは、社会問題を解決する力。

オーストラリアでミュージックセラピーの修士号を取得した私は、2011年から香港でセラピストとしての活動を始めました。この仕事の需要は、日増しに高まっています。特に増えているのは子どもを対象としたセラピーです。一人っ子が多い香港には、自らの殻に閉じこもりがちな子どもが少なくありません。そんな彼らも、音楽を通じてなら他者とコミュニケーションできます。私たちはミュージックセラピーを通じて、これら社会問題を解決するお手伝いをしているわけです。

一方、私自身が力を入れているのは「終活」としてのセラピーです。人間は誰しも大きな喜びを持ってこの世に迎え入れられます。けれども最期の瞬間はどうでしょう。寂しい。切ない。怖い。これらネガティブな感情と隣り合わせの人が、少なくありません。死を間近にしたことで気持ちをうまく表現できなくなる人も大勢います。私はそんな状況を改善したい。人生の最期も、始まりと同じように喜びで彩りたい。少なくとも音楽によって、彼らの思いを表現できるようにしたい。私は心からそう願っています。

ミュージックセラピーの現場では、ギター、キーボード、マリンバ、ドラムのほか、顧客の興味に合わせてさまざまな楽器を使用する。

人生の最期を、音楽でもっとポジティブに。

私が終活のお手伝いをした患者さんのなかで、強く印象に残っている方が何人かいます。たとえば、初めてお会いした際、楽器を弾いていた私に「西洋の音楽はうるさいから嫌い」とおっしゃっていた患者さん。彼女の元へは、根気良く通い続けたところ、次第にいろんなお話を聞かせてくれるようになりました。そしてある日「あなたに会えて良かった。すごく満足している」と微笑んでくれました。これこそが彼女と交わした最期の言葉になります。彼女がこの世を去ったことは大きな悲しみですが、彼女の最期に少しでも喜びを添えられたのだとしたら、それはセラピストにとっては最大級の報酬です。

ほかには目も耳も不自由になり、周囲とほとんどコミュニケーションが取れなくなっていた患者さん。初めはどう接するべきか戸惑いました。しかし、あるとき私が楽器を演奏していたら、彼女が「もっと演奏するように」と促してきたのです。心から音楽を望んでいるようでした。その日を境に、週に一度、音楽を通じて彼女とのコミュニケーションを続けています。今では彼女自身が、ドラムや木琴、キーボードを弾くこともあります。周囲から孤立していた彼女が、音楽を通じて気持ちを表現できるようになった。このことこそが、私にとって何よりも感動的な出来事です。

新たな仕事の多くは既存顧客からの紹介で舞い込んでくる。これこそがセラピーの効果を物語っている。

音楽に救われたのは、ほかならぬ私。

現在は、ミュージックセラピーとプレイセラピー(遊戯療法)を提供するNGOの起ち上げに携わっています。香港のなかでも貧困層の多いエリアに、拠点を構える予定です。そこで暮らす子どもやお年寄りをはじめとした社会的弱者が抱えるさまざまな問題を解決したいですね。貧富の差に関係なく、誰にでも救いの手を差し伸べるつもりです。赤十字でボランティアをしていた頃から、私の信念に変わりはありません。

今はミュージックセラピストになって良かったと、心から感じています。この仕事を通じて一番救われたのは、私自身かもしれません。セラピストとして患者さんと向き合ううちに、彼らのポジティブな部分に目を向けるようになりました。この仕事は悲観的だった私を、楽観的にしてくれました。かつてのように働く意義を見失うことは、もうありません。ミュージックセラピーによって人を癒すことが私の使命です。音楽を通じて人に接する生きがいを手にした今、私は生きることを謳歌しています。

NGOの起ち上げに、ともに携わるパートナーと。経済的に恵まれた人だけでなく、セラピーが必要なすべての人にサービスを提供することが今後の目標だ。

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Jenny Lamミュージックセラピスト
香港在住。監査法人、銀行、商社でのキャリアを経て、音楽療法の修士号を取得。2011年よりミュージックセラピストに。10代の頃、赤十字社でのボランティアに参加した経験から、誰に対しても分け隔てなくセラピーを提供する。ホスピスなどでの終活支援にも尽力。

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