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毎日新聞│配信日:2020年9月28日│配信テーマ:クラシック  

<新・コンサートを読む>コロナ後初のオペラ上演《カルメン》 照射される愛の本質=梅津時比古


 東日本大震災の津波にすべてが流されてゆくテレビ映像を見て、「もう元に戻れない」と多くの人が感じたことは、その後のさまざまな発言で分かった。私自身は長い間、罪意識に襲われ続けた。しかし、9年たって現地を除けば社会は「元に戻って」しまった。私自身の罪意識も霧散してしまった。

 新型コロナウイルス感染の危機は東日本大震災のように過激にではないが、やはり「もう元に戻れない」感覚を静かに突きつけてくる。違いは、「元に戻りたい」気持ちが切実であった大震災時に対し、今回は「元に戻ってはいけない」と自己に言い聞かせる感覚がまじっていることであろう。改めて大震災に関して、自分が部外者であったことのいいかげんさを突きつけられる気がする。社会全体でも責任がうやむやになった。

 藤原歌劇団がビゼー《カルメン》を上演した(8月15日、東京・新百合ケ丘のテアトロ・ジーリオ・ショウワ)。歌手たちはフェースシールドを着け、オーケストラ団員はマスクを着用している。

 カルメンとホセは、愛の言葉を交わすときに、異常に距離をあけ、離れて立っている。飛沫(ひまつ)が飛ばないようにする新型コロナ感染対策である。同時に、それは愛という関係の本質を象徴することにもなっていた。たとえ愛し合っていても、決して互いを理解することはできない。本質的に互いに近づけない。カルメンとホセは愛し合っていたはずなのに、最後にホセは嫉妬からカルメンを殺す。精神的には、最後まで言いなりにならなかったカルメンがホセを殺している。愛し合うことは殺し合うことであるという主題が強調される。それは現今のようなコロナ禍で、とりわけ照射される人間関係の本質でもある。

 従来のオペラ上演と異なりオーケストラが舞台に乗り、歌手は舞台前と、舞台背後2階部分に分かれて演技する。オーケストラ内が密になるのを避けたその工夫からは、別の効果が生まれていた。音楽が風の音のように、雨が吹き込むように、舞台全体から湧き起こって感じられ、天地人が一体となった《カルメン》にふさわしい。

 大がかりな舞台装置は影を潜めているが、舞台を上から見下ろす球体が、傷ついた月、ゆがんだ太陽、あるいは赤い地球のように見える。この球体は2017年の公演と同じだが(岩田達宗演出)、コロナ禍では人間全体に天空の視点を加えて一層効果的であった。

 カルメン役の桜井万祐子は、いかにも役にふさわしいメゾソプラノの声を持っているだけに、リズムを生かしてほしかった。リズムこそが生命のリズムにつながるこの曲の本質であろう。藤田卓也のホセはいつもながらの甘い声で酔わせるが、過剰になるとホセの役が狭くなりがちである。ミカエラ役の伊藤晴は、高音で硬くなることを除けば、せつせつとした情感を訴えかけた。

 コロナ後初のこのオペラ上演は、元に戻ろうとしたのではなく、コロナが刺した日常を新たに捉え直そうとした。コロナ後に部外者であることはできない。(特別編集委員)

毎日新聞2020年9月20日東京朝刊(2版)掲載 執筆記者:梅津時比古

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